アトピー治療動向




何事にも流行りすたりがあるように、病気の治療もまた時流に応じて移り変わる。
アトピー性皮膚炎治療一般において、近年の変化といえば、なんといってもプロアクティブ療法と、経皮感作(かんさ;アレルギーになる、その食物がアレルゲン=抗原となる)の予防であろう。
ご存知ない方のために、その要点をさらってみたい。
なお、最重症アトピー患者治療の変革は新薬登場であるが、それについては別項(1, 2, 3)を参照されたい。

きっかけとなったのは、皮膚科における「茶のしずく石鹸」小麦アレルギーの究明である。
2010年まで販売されていたこの石けんに含まれていた小麦成分が、皮膚から微量に吸収され続けた結果、蕁麻疹などの小麦食物アレルギー症状を発症する人たちが相次いだ 1)。
ここから生まれたのが、「異物が胃腸から入るより、皮膚から入るほうがアレルギーを作りやすいのではないか?」という全く新しい見解である。

それまで前世紀からの何十年、小児科では、食物アレルギー傾向のある乳幼児に対して、5大アレルゲン(卵・乳・小麦・米・大豆)の早期摂取を控える、除去食や回転食の治療が行われていた。
口から入った食べ物が、乳幼児のまだ未熟な腸管内で、消化不十分なうちに腸壁を通り抜け(リーキーガット)吸収され、体内に入った大きいままの蛋白分子を、排除すべき異物と免疫がみなすことで感作が成立、すなわちアレルギーになる、と考えられていたからである。

ところが、このたゆまぬ小児科医たちの努力にもかかわらず、食物アレルギー患者は増加し続けた 2)。
増加の要因には他にも、環境や生活の変化、アレルゲン以外の食習慣の変化などが考えられるとしても、医師たる者はそれを言い訳にすることなく、今目の前で苦しむ食物アレルギーやその湿疹などの患者に、対策を講じなければならない。

そうした皮膚科・小児科、両者のよりどころとなったのが、Lackによる二重アレルゲン曝露(ばくろ)仮説であった 3)。
ここで言う曝露とは、体がその原因物質にさらされるという意味である。
口から腸管内に摂り込まれた食物(経口曝露)は耐性を誘導する、アレルギーはバリアの破壊された皮膚を通して(経皮曝露)進行する、という考えだ。
食物として腸管に入れ慣らすことはむしろ、免疫学的寛容と言われる、免疫が容認してアレルギー反応を起こさず、食べても耐えられる状態に導いてくれる、というのである。
元来全ての食べ物は、人体から見れば異物なのだから、当然といえば当然かもしれない。
異物である食物を拒絶せずに、栄養として消化し同化して体の再生を図れなければ、私たちは生き物として生存できない。
食物の経口摂取により感作される、という従来の考え方からしたら、まさに180度の転換である。

そして小児科では、十分な管理が可能な一部の施設で、経口免疫療法が試み始められた。
アレルギーの食物を、病院で治療として少量から、敢えて食べることで治癒を目指すという、新しい方向性である。
2011年にはNHKで報道され(NHKスペシャル「アレルギーを治せ!」)、一般の方たちにも知られて話題を呼んだ。

アレルギーの食物でも、治療を受ければ食べられるようになる時代が来る?
期待は一気に高まったが、ことがそう簡単であろうはずもない。
リスクが高く非常に手のかかるこの療法の恩恵を受けられるのは、限られたごく一部の人々にとどまった。

だが、経口免疫療法を後押しする研究は、もう1つあった。
ピーナッツアレルギー発症頻度の調査で、イスラエルで離乳期から普通にピーナッツ製品を摂っていた子たちは、イギリスで摂らずに育った子たちと比べて10分の1だった 4) というものだ。
生後早期の腸管を通じた摂取が、免疫の過剰反応から免(まぬが)れることを可能にしてくれるのでは、という大いなる期待を寄せるに足る結果である。
その後各種の食物について、小児科やアレルギー科で同様の研究により、早期摂取の有効性や適切な開始時期の解明が、熱心に行われているようである。
食べて予防する時代がほんとうに来るのか?、それらの研究結果を私たちは待たなければならないのだろうか。

こうしてできる限り経口摂取を進めていこうとする一方で、同時にできるだけ経皮吸収を防ごうとする方向性が、強く推進されるようになっていった。
皮膚科だろうと、小児科だろうと、アレルギー科だろうと、どこへ行っても患者は、皮膚バリアを良好に保ち、アレルゲンとなりうるものの侵入を防ぐことの重要性を、必須のものとして強調されることになった。
全ては将来、ひどいアレルギーにならないため。
今そのケアをするかどうかで、我が子がアレルギーになるかどうかの未来が決まる。
そう言われれば、親としては抵抗もままなるまい。

すでにアレルゲンになったもののみならず、これからアレルゲンになりうる全てのものの皮膚からの侵入を厳に防ぐには、生後すぐの新生児期から、極めてディープなスキンケアが必要とされた。
こうして、健康保険で上限規制を考慮しなければならないほど大量の保湿剤が、頼りない小さな体に処方される。
アレルギー発症有無の責任を負わされた親は、強迫観念に追い立てられるように、処方された薬の塗布にいそしむ。

保湿剤だけならまだいいのかもしれない。
昨今は医師から、湿疹が出ていなくても、症状のないところにも、ステロイド外用剤を塗るように、という指示が出る。
根拠は経皮感作の予防に加えて、プロアクティブ療法だ。

湿疹になり炎症を起こした皮膚では、バリアが壊れてしまう、
だから経皮曝露を生じないために、しっかり湿疹を治してバリアを回復させましょう、
というのが、経皮感作予防の理論展開。

そしてプロアクティブ療法とは、やはり近年皮膚科で提唱されているアトピー性皮膚炎の「新」療法である。
プロアクティブ (proactive) の意味は、事前に対策を講じること。
ステロイド外用を続け、肉眼的に湿疹が消失したと見えても、まだ炎症はくすぶっている。
だからその見えない炎症という火種まで抑え込むために、頻度を減らして(週2回とか)十分に強いステロイド剤を無疹部も含めて全体に塗るようにすると、実際に再燃するまでの期間を伸ばすことができた。
そこで、明らかな湿疹のない場所でも時でも、ステロイドを塗り続けることが望ましい治療とされる事態となった。
ひとたび正当化されれば、趨勢(すうせい)はどんどんそちらに流れる。
かつて「副作用を避けるため、湿疹があるところだけステロイドを塗るように」と指導していたはずの皮膚科。
今その指導を続けたなら、時代遅れの不勉強者か。

小児科もアレルギー科も、この流れに同調する。
未熟な薄い皮膚の赤ちゃんに、全身ベタベタなほどの保湿剤と、少しでも赤みやじくじくが治りきらないようであれば大量のステロイド外用剤が、アレルギー悪化予防治療として挙行される。
「こんなに小さいときからたくさんのステロイドを塗り続けて、大丈夫なのでしょうか」という素朴な親の不安に、回答が提示されることは多分ない。
それが最新の医療である。

さあ、あなたは自分の子供に、もしアレルギー体質傾向が強そうだったらその子に、どんな対応をしようと考えるだろうか。

2019.4.  


<参考文献>
1)千貫祐子:臨皮66(5増):8-11, 2012
2)栗原和幸:小児内科43(11):1849-1852, 2011
3) Lack G : J Allergy Clin Immunol 121:1331-1336, 2008
4) Du Toit G et al : J Allergy Clin Immunol 122:984-991, 2008





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