恥ずかしくない肌に   




とうとう、掻かずに眠れるようになった。
もういつからか覚えていないくらい長いこと、寝入る前に全身を掻きまくるのは、私にとって毎夜の儀式だった。
それなのに、夜布団に入っても、目立った痒みがこみ上げてこなくなった。

こんな日が現実に来るとは、驚きという他ない。
良くなってみて改めて、今までの激しい掻破が「掻き癖」などで説明できるような容易いものではなく、アトピーのひどい痒みが引き起こす、止むに止まれぬ動作なのだということを実感する。
我が身を醜くし、我が体を引き裂く日々に生きることを余儀なくさせる、このアトピー性皮膚炎とは、なんと因果な病であろうか。
考えるだに、胸が締め付けられる。


身の廻りのさまざまなものに過敏に反応するこのアレルギー体質を迎え撃つのに、外用ステロイド・タクロリムス(プロトピック)・内服免疫抑制剤など何らの薬に頼ることなく、ただ代替医療を続け、辛抱強く自分が反応してしまうものとの関係性を1つずつ修復してきた私の日々は、成功の結末で報われつつある。

痒み止めで痒みを抑えていないから、切らして痒みがぶり返す心配はない。
ステロイド剤長期塗布による皮膚萎縮などもろもろの副作用、止めて症状が噴き出す悪化とも無縁だ。
だいぶ前からきれいな顔面に加え、首や胸やすねなどの皮膚は、外見上まるで正常となった。
胸のデコルテ部の空いた服を着て、誰に見られても恥ずかしくない。
自覚的な皮膚の過敏性はあるものの、見た目には皮むけも赤みも色素沈着もかたさもゴワゴワ感や厚みもすっかりなくなり、年齢の割にシワすら乏しい、つやつやしっとりした皮膚である。

この姿を亡き母に見せたかった。
泣いて喜んだに違いないのに、それは叶わなかった。
盆に彼岸に、私は話しかける。
全身ゾウのような皮膚になってしまった三十路の時から、本当に苦労をかけました。
お陰で今私は回復し、強く生きています、と。

肌がきれいにつながってきたためか、全身のアレルギー反応が減ってきたためか、おそらくその両方だろうが、入浴後の臥床もとうとう必須でなくなった。
むき出しにしてしまった肌のヒリヒリ感や不安定感、体温調節の困難な感じ、どうしようもない体の重さ、それらからついに解放されたのだ。
入浴が毎朝欠かせない行事ではなくなり、生活の自由度が広がった。

アレルギー体質のない人のように、まったく皮疹なし、とはいかない。
昼夜たまに、じんま疹や湿疹がポツンと出たりする。
それでもしつこい臀部下方の夜の膨らみ痒みですら、日を置くようになってきた。
手に少し水疱ができたりもするが、炊事も掃除もできる。
料理をすると高確率で著しく手が痒くなるので、できるだけ避けてしまうが、たまにはできる。
どういうわけか女性の場合、どれほど仕事が優秀でも料理ができないと、クズのように見られる。
そんな世間の見方には強い抵抗を感じるが、自分と家族の健康のため、何を食べるかが大事であることは疑いない。
取り戻したこの能力を、少しずつ使っていければと思う。

手の水疱は、長時間パソコンのマウスを握る手のひらの小指側や一部の指先にできやすい。
接している所に汗がにじむのだろう。
汗には、いろいろなものが析出する。
体内に摂り込まれた飲食物、代謝で生じた老廃物、鼻や口や皮膚から入った環境汚染などの毒物も。
そうした析出される何かに、体の免疫システムは反応し、アレルギー症状としての皮膚炎を起こす。
西洋医学的には、異汗性湿疹(いかんせいしっしん)と呼ばれる病態である。
だがむしろ体が、不要なものをきちんと排出できていることを喜びたいと思う。
症状が軽微なら、そんな心の余裕も生まれる。


他の面での体調も良好だ。
自律神経系の問題は感じない。
腸は敏感ではあるが、極端な便秘にはならず、ほぼ毎日便通がある。
一時かなり病的だった頻尿は、年相応の正常範囲に復した。
風邪をひくのは1〜3年に1回、インフルエンザはとんとご無沙汰だ。
甘いのも好きは変わらずだが、以前よりはずいぶん節度を持てるようになった。
乳製品や小麦の摂取による悪化もなく、肉も魚も野菜も何でも食べられる。

食物に関して言えば、一つ面白い変化があった。
午後遅くにコーヒーを飲むと、てきめんに眠れない体質になったのである。
若い頃は夜遅く仕事仲間と何杯もコーヒーを飲みながら話していても、家に帰ればぐっすりだった。
それが、午後3時半以降にコーヒーを1杯でも飲むと、確実に午前2時過ぎまで寝付けない。
飲んだことを覚えていようとすっかり忘れていようと同じ。
紅茶だとそうでもないのは、コーヒーの方がカフェイン含有量が多いからか、それともカフェインやその他の成分の中身に、コーヒー独特のものがあるのだろうか。
眠気覚ましに飲料や薬でカフェインを摂り過ぎ、急死された方がいたが、食品の中に含まれているとはいえ、そもそもカフェインは神経を興奮させたり血管を収縮させたりする薬物である。
その薬理作用が、そのまま体に表れているということなのだろう。
不便なようでもあるが、それが本来の形かと考えると、やはり生き物として私の体が正常化されている1つの証左と捉えられるのかもしれない。
嗜好品への耽溺(たんでき)には、どうぞご用心。


四半世紀の時を経てここまで回復した私の喜びは何より今、日々の仕事が勤まっていることである。
昔聞いたことがある話だが、「人に2を教えるためには、自分が10知っていないとできない」という。
私が医師として10を持っていたとして、その中で患者の方に渡せるのは、やっと2なのだろう。
その2をより大きな2としていけるよう、たゆまぬ歩みを続けて行きたい。

デュピルマブ(デュピクセント)の投与中、感染症を生じた副作用の学会報告を見た。
これから実際に新薬の使用が増えるにつれ、副作用の実態情報も蓄積されていく。
革新的な現代医学にも、おのずとそれなりの限界はある。
別の道を探るという方向性の価値が、失われることはない。


2018.10.・・悪化から25年余が経過。





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