日常不自由せず、薬要せず   




開業して、週5回以上人並みの働き方をする社会人にもどった。
その後の私のアトピー患者としての病状は、というと。

とくに腕など、皮膚がざらついて粉をふきやすい肌ではあるが、持続する湿疹病変は、冬期の手荒れ部分くらいで、ほとんどない。
手の発疹には、もっぱらワセリンを外用している。

夜間は痒みがあり、一部にじんましんができたり、痒みで目覚めかけたりもするが、完全に起きてしまうことはほとんどなく、トイレに起きるのも一晩に0〜1回と正常範囲である。
たまにうんと負荷がかかったときは、痒みなどの症状が強く眠れなくなることもあるが、疲れを取っていけば戻る。

開業から半年くらいの間は、毎日働くことが大変で疲れを引きずりやすかったが、その後は現在のペースに適応できた感じである。

朝に入浴し、直後は横になり、スポーツはせず、旅行は最小限、という生活は続いている。共同浴場を楽しむような状況にはない。しかしたとえ入浴できない日があっても少し痒くなる程度で大丈夫だし、休日に外出できる程度は確実に増えてきている。

疲れると痒みが出てくる体質に変わりはない。
浅い所の神経にピリッとくるような感じがきて、肩をちぢこまらせて耐える。しばらくしてその場所を見てみるとはっきり蕁麻疹(じんましん)が出ていることもある。痒みは蕁麻疹のでき始めの方が強いのがふつうで、膨らみが退くよりも先に消えている。

たぶんこれら一連の経過も、痒みに通じるような、神経や神経伝達物質などの反応なのだろう。
その昔アトピーを「神経(性)皮膚炎」と表現した人は、大したものだと思う。

その一方、「精神的ストレスを解消する手段として掻破している嗜癖」と断じる現代皮膚科の権威の考えこそ、むしろ科学に基づかない前時代的なものではないか、と嘆息(たんそく)する。
神経の反応が眼に見えず、痒みは本人しか自覚できないからといって、掻破に先立つ痒みをなかったことにされては、たまらない。

新しい症状として、体重が増えたせいか、股部に浸出液が出やすくなったことがある。いわゆる股擦れで、みっともない話である。2年余り消長をくり返し、いつしか治まった。

体重は、更年期と夜までの仕事にともない、やつれていた頃よりは数kg増えて、高め安定となってしまっている。
それ以上減らないのは悔しいが、今のところ糖尿病や更年期障害の兆しはない。

食事も何でも食べられるが、50才を超えて食べる量は減ってきた。
あと昨今の社会の風潮に呼応して、野菜が少なく蛋白質の多い食事になってきている。仕事の活力を出すため、サプリも飲むようになった。
甘いものも数少ない楽しみなのでそこそこ食べる。とくに皮膚が悪化しはしない。

過去にあった症状も、大旨良好だ。
寝たきり状態を脱して以来、起立性低血圧の問題はもうない。

過敏性腸症候群に関しては、うさぎのような硬いコロコロの便とか、ひどい便秘はなくなった。長くても3日以内、ほぼ毎日排便がある。ひどい腹痛が持続して苦しむこともない。

ただし、NAETで食品関係の施術をしばしば受けているためと思われるが、施術経過中に突然下痢となりしばらく続いたり、排便頻回となることはある。
おそらく自分がだめな食べ物に対して、体が今までと違うように反応すべく適応していく過程なのだろう、と考えている。

さて、開業後2年半に及ぶ経過を思い返してみて、この程度しか浮かばないのだから、もう私の病歴を記す必要性は乏しいのかもしれない。
けれど、まったくアトピーでない人にまでなったわけではないので、いずれまた書くこともあるだろう。その時にはまたここに上げてご笑覧願うことと思う。


現時点で1度、今までの経過の総括をしてみたい。
使っていた外用ステロイド剤の量も、記憶を頼りに付記してみる。

  ☆私のアトピー性皮膚炎の経過☆

生後2−3か月で頭部の脂漏性皮膚炎がひどい、というアトピー性皮膚炎体質の片鱗を示し、乳幼児期ミルクを偏愛しその後嫌いになる、という隠れ型食物アレルギーの片鱗も示していた。

小学校時代はたまに皮膚が乾燥して痒くなり、中学で体のあちこちが毎日痒く皮がむける状態となった。ひどいと中程度の外用ステロイドを使ったが、たいていはその場掻くだけで放っておいていた。たぶん高校までのあいだに、ステロイド外用剤はせいぜい総計30gくらいしか使っていないと思う。

大学時代は、運動していたこともあってか良好。合宿をすると夜間掻破を同室者から指摘されたが、本人には自覚がなく、ごくたまに中程度のステロイド外用を肘の内側などにしていた覚えはあるが、これもおそらく総計10gほど。
この頃までは写真に写って困るような湿疹病変はなかった。

医師になり3年目、出張病院生活で食事がおろそかになり、煙草を吸っていた。
出張10か月の冬期から眼の周りに湿疹が出始め、ステロイドを塗れば消えるが、止めるとすぐ出てくるのくり返し。始めは早く治そうと強い外用ステロイドを使い、だめだったのでふつうのやり方の弱のに切り替え、それも3か月ほどで止め、計5g以内の使用。
ここから32才頃まで7年くらい、顔が紅くしわしわに写真に写る時期が続く。
(現在は顔にはまったく湿疹もかさつきもなく、保湿も使っておらずケアは洗顔のみ。)

31才、結婚しまだ新しいマンションに住み始める。子の妊娠中に腹部に湿疹が出てきて、最弱(現在は製造停止)のステロイド外用を使う。計約30g。

32才、出産とともにステロイド外用を止める。およそ5か月後の初夏から腕に湿疹が出始め、中程度のステロイドを外用したが広がる一方。夏に急速に上半身全体に広がり、秋には全体が苔癬化(たいせんか)という慢性湿疹の状態に。悪化をくい止められなかったのでステロイドは止めた。使用量は計10gほど。

ここから、保湿の外用、温泉療法、抗アレルギー剤の内服などをしつつも悪化していき、34才で首以下手のひら足の裏以外ほぼ全部が紅皮症(こうひしょう)状態に。一歩も家を出られない生活から徐々に回復し、37才から外出、40才からカイロプラクティックの施術を受け、44才でNAETを受け始め、その直後に一部復職。

  ☆  ☆  ☆

こうしてまとめてみると、「ステロイドをつけなければアトピー性皮膚炎になっていなかった」ということは少なくとも私の場合ないだろう。
ステロイドをつける前から、あるいはごく少量の使用にも関わらず、症状は起こっている。

常用といえるほどの量を連用し続けたことはほとんどないので、私自身は「ステロイドに苦しめられた人生」だとはまったく思っていない。むしろ「アトピー性皮膚炎という課題を与えられた人生」だと思っていて、「アトピー性皮膚炎を、ステロイドなどの強い免疫抑制剤によってでなく癒すにはどうしたらよいのか?」が、私にとっての至上命題である。

とはいえ、妊娠後期の約2か月はコルテス軟膏(最弱の外用ステロイド)を毎日腹部全体につけていたので、出産後に生じた大悪化を、ステロイド使用のリバウンドと見ることもできるだろう。

ステロイドは体内で生産される抗ストレスホルモンと同等のものだから、それを外から補われ甘やかされていた体が、いきなりその補充が途絶えて「あとは自分で頑張ってね」となったときに、かつてのように十分に外界からの種々の肉体的ストレスに対抗することができず、失敗して症状が出る、という考えは、理論的に非常に整合性がある。

たかだか最弱のステロイドの2か月ほどの外用でそれが起きるとすれば、「恐るべし、外用ステロイド」ではあるが。

だから、このサイトはステロイドの使用を糾弾するサイトではない。
現状をありのままに観察し、それを皆様へお知らせし、よりよい方向への可能性を探っていきたい、というのが私の希望である。

日本皮膚科学会の最近掲げている「アトピー性皮膚炎治療のゴール」をご存知だろうか?

1)症状はない、あるいはあっても軽微であり、日常生活に支障がなく、薬物療法もあまり必要としない
2)(もし1)が無理なら、)軽微ないし軽度の症状は持続するも、急性に悪化することはまれで悪化しても遷延することはない

私は、この1)のレベルに到達した!
1患者として、皮膚科学会の目指すアトピー性皮膚炎治療のゴールへ、ステロイド・タクロリムス(プロトピック)・シクロスポリン(ネオーラル)のいずれも必要とせず辿り着いたことを明言する

助けとなったのは、時間と休息、家族の援助、症状を緩和してくれる痒み止めや保湿などの補助薬、いくつかの代替療法(カイロプラクティックとNAET)、そして権威や統制に惑わされない自らの判断力と信念である。

かつてこのMIOの世界のなかで、私は書いた。
「重症アトピーでも、 重症アレルギー患者でも、ステロイドに依存するのでなく治っていける方策を探りつつ、 それが可能であるということの証明に、自らがなれたらいいなあ、と思う」

今、その目標を達成したことを高らかに宣言したい。
強い対症療法薬一辺倒のアトピー性皮膚炎標準治療に、別の可能性もありうることを、明らかに示すものとして。

そして、このサイトを通じて応援して下さった皆様に、心から感謝の意を表したい。


2014.2.・・悪化から、18年7カ月が経過。





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