NAETのお陰か、時間経過による自然のなりゆきか、どう捉えるにしても、アレルギーだからあれが食べられないとかこれが使えないとかという私にとって合わない物は、すぐには思いつかないほど、本当に少なくなった。
アレルギーのために生活に制限がかかることもほとんどなく、したいことを我慢することもない。
避けていることといったら、公共の入浴と、手の皮膚に負担をかける諸作業くらいか。

手の皮は、やはり弱い。
たとえどんなに栄養補給をしっかりしても、それは変わらない。
（もちろん栄養不足だとさらに悪化）
私の、このひよわなフィラグリン（保湿の肝）との付き合いは、多分一生ものなんだろう。
バリア機能の弱さが、私たちアトピー性皮膚炎患者の、皮膚の個性だということだ。

炊事を多くしたり、何らかのアレルゲンが知らぬうちに体内に侵入してしまったりすると、突如として坂道を転げ落ちるように手の荒れが進行してしまう。
小水疱ができ、赤く腫れて痒くなり、カサカサやじくじくが治らなくなる。
それでも、ワセリンを塗るだけしかしないでどうにか粘り続ける。
そうしているうちと、ひどく時間はかかるのではあるが、どこかでまた、癒える日が訪れてくる。
そんなくり返し。
手荒れしやすい肌でいることは、そうでない人には想像がつかないであろうほど、不自由である。

どれほど身の廻りをきれいに保っていたくても、日々たくさんの器においしい料理をこしらえたくても、種々の趣味に打ち込みたくとも、タイミングと頻度を選ばなければ実行に及ぶことはできない。
365日いつでも、自らの皮膚の機嫌に左右される生活。
アトピーの友人たちは皆、ドタキャンの苦い思い出を持っている。
できると思っていたことが自分の体の不都合でできなくなって、あまつさえ人様に迷惑まで掛けてしまう。
実に心苦しいことだ。

長年の経験から、できる限り、先の予定は入れないにしている。
ことにタイトな予定は絶対に入れない、と心掛けているのは、私だけではないだろう。
いきおい、出世コースからは外れ、アウトロー的な生活を営むしかなくなるのではあるが。
うっかり体力や頑張りで貢献しようなどとすると、悲惨なことになるので、用心しなければならない。

何か好きな、手に大きな負担を掛けなくても可能な、技能を磨いていくのがいいのだろう。
そんなわけで、仕事は非常勤、家事もそこそこに、という毎日を送っている。

血圧はすっかり安定した。
朝起きるのもつらくないが、朝の入浴後、潤いのなくなってしまった肌の修復には、やはり休養が必要だ。
とにもかくにも、私の弱点は皮膚なのだな、と思う。
それでも、手のかさつきにワセリンを塗る以外は、何ら補うことすらしないでいる。
老いた肌にもちろん皺（しわ）は目立つようになったが、冬期のかさつきは若い頃からなので、加齢で悪化しているようには感じられない。
夏期にはそこそこ潤い、入浴のしんどさも減ってくれる。
いつかは、手のワセリンも止められる日が来るのだろうか。

過敏性腸症候群には、一度だけ激しい悪化があった。
腸管粘膜には繊細な神経が皮膚以上に張り巡らされているので、ストレスに対して顕著に反応する。
きっかけはスタバ。
冷たいものを飲食しても大丈夫になってきたなあ、と感じていたところで調子に乗り、トールサイズのストロベリーフラペチーノを一気に飲んでしまった。
飲んでいる途中から「胃が冷えてきているなぁ」とは思っていた。
それ以来、胃腸がけいれんしてパンパンに張るようになり、しばしば苦しいほどとなった。

この症状は、折しも仕事が多忙を極めるタイミングであったため、長く治らなくて大変困った。
医師という仕事には「予後」と呼ばれる患者の方のこれからの寿命を左右しかねない局面がしばしばある。
そうした重い緊張の中にあるとき、私の胃腸は、空気でどんどん膨らんでいった。
とくに空気を飲み込んでいる意識もないのに、よくもここまで張るものよ、と我ながら呆れるほどだった。

幸いなことにこうした様々な局面を乗り切り、仕事の多忙さと懸念事項が落ち着いてきた時点で、極度の張りは、嘘のように治った。
この一件は、アトピー性皮膚炎と共に、腸の過敏性が私の持病であることを認識させてくれた。

とはいえ普段は困るほどのことはまるでなく、一頃と比しても、便の性状は格段に正常となっている。
疲れやストレスがあったり、食事量が少なめだったりすると、一時うさぎのようなコロコロ便が出ることもたまにあるが、すぐに戻る。
毎日のように起床時や食後に、適度な性状のものが、腸管に長く停留することもなく無理なく排泄される。
食が適正化された影響もあるだろう。
自然に節制がきくようになり、甘いものなどを摂りすぎないようになったし、最低限の運動習慣を心がけるようになって、中年太りだったのは数年かかったがすっかり解消された。
そんなわけで、体に対しても何の薬も必要ない現状で過ごせている。

手以外の皮膚に、蕁麻疹ができることはちょくちょくある。
それは疲れた日の夜に多く、多分そんなときは免疫の調整能力が不十分となっていて、アレルギー反応の表出を抑えきれなくなるのだろう。
いわゆるアクの強い食べ物を摂った晩に多発したこともあり、仮性アレルゲン（その人にとってのアレルゲンではなく、アレルギーのときに出る症状を起こす作用のある物質）も馬鹿にできないな、としみじみ体感するできごととなった。
食に目を向ける動機付けの一助ともなったので、振り返ってみれば良い経験・・・というのは負け惜しみである。

これからも、ドラッグフリーの努力を続けてアトピー患者のゴール（日本皮膚科学会の定めた）状態を10年単位で維持できたらいいと思うし、その一病息災の健康体をもってして、患者の方々のためのこの仕事を全うしていきたいと思う。
それが、自分が生まれ、生きてきて、アトピーに苦しんだ意味なのだろうから。