東京医大入試



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裏口入学に続き、女性受験者冷遇で、渦中の東京医科大学。
1980年頃、私も受験した、女子学生の1人である。
もしも千葉大の医学部に受からなければ、母校になっていたはずの大学だ。

今回の2つの事件が、法律的かつ社会常識的にアウトなのは疑いようがない。
しかるべき調査、処罰や改善命令が施行されることだろう。

不正入学は許されない。
女性差別は許されるべきでない。
正論を裏切って、くり返し犯される恣意(しい)。
いったいどうしてなのだろう?


大学受験のとき、私は数校の医大を受けた。
その中で、東京医大だけ違ったことが1つあった。
合格通知とともに、自分の順位の範囲を知らされたのである。

入学試験の成績順を1位から30位、31位から60位とか、正確な数字は覚えていないが大まかにいくつかに区分し、自分がそのどこに位置するかが書いてあった。
そして上位区分に入るほど、当初の学費納付金額が割り引かれる仕組みであった。

自分が合格者の中でトップクラスなのかビリなのかもわからないのが、受験の常である。
だから、これには大変驚いた。
言ってみれば特待生の拡大飯のようなものか。
学費を割り引いてでも、1人でも多くより優秀な学生を確保したい、という意気込みを感じた。


1人の医師を育てるには、一千万からの費用がかかるという。
他の多くの職業と比べ、桁外れの金額だ。
学費として簡単に転嫁できる額ではなく、大学の才覚でまかなわざるを得ない部分もあるに違いない。
そうして苦労して育てた医師に簡単に休職や離職をされては、育てた医大側としてはたまらないだろう。

医大や大学医学部の中でも、国立大は資金の後ろ盾があるが、私立大は自分たちの力で経営をなんとか黒字に廻すしか、やっていく道はない。
大学に利益をもたらす学生を選抜することは、大学にとって死活問題である。

教育、研究、診療。
医大の扱う課題はどれも、多大の費用がかかる。
昨今は高度医療が際限なく発達し、かかる費用は莫大になっていくにも関わらず、医療行政の厳しさから保険収入は制限される方向で、併設する大学病院の運営も容易ではない。

医大の少ない地方の県であれば、痩せても枯れても大学および大学病院は、地域医療の中核であり、住民の命をつなぐための最後の砦は、維持される方向が期待できる。
しかし多数の医療機関がひしめく東京では、医大ですら激烈な競争と無縁ではない。
診療を充実させ、研究成果を挙げ、設備を豊かにして大学の魅力を増していかなければ、患者に選んでもらえなくなる日が来るかも知れない。

大学運営円滑化のため、研究費や助成金の獲得交渉もする。
そんなふうに仕事で、文部科学省など省庁の人々と接する。
そして、大学への利益供与を得られる非合法な機会に、遭遇してしまった。
いくらか学力の劣る学生を1人受け入れることで、大学運営が改善されるという餌に、釣り上げられてしまった・・・。


40年近く前、私が医学部に入学したとき、120人ほどの同級生の中で、女性は1割と少しだった。
部活動などで接した他のどの医大も、それこそ東京女子医大以外は、どこも似たようなものだった。
誰もが、不思議とも思わず、その事実を受け入れていた。

当時はきっと、医学部を受験する女子の人数自体が、男子に比べてずっと少なかったろうと思う。
それが今、合格した女子医学生の割合が3割を超えて4割にまで達した、とニュースで聞くと、まさに隔世の感がある。

看護師が男性であってもいいように、医師が女性でも当たり前の時代になった。
1人大学当局だけが、時勢の変化についていけていないのかもしれない。


かくして志望者数に対し、合格者の女性比率が圧倒的に少なかった東京医大。
しかし、同様の操作が他の医大でも行われている可能性を指摘する声は少なくない。

今回の件について、東京医科大学は糸口と捉えるべき、と私は思う。
これをきっかけに、全国の医大・大学医学部において、受験者と合格者の男女割合を調べ、それが不自然に一致しない大学は、すべて調べるとよいのではないだろうか。

東京医大のみをいくら罰したとしても、制度・システム・社会が変わらなければ、問題は解決せず、またどこかで同じことがくり返される。

より先進的な都会では、医大の女子志願者増加、という時代の趨勢(すうせい)は、より早く到来しうる。
都内新宿というロケーションは、教職員の政府省庁官僚との接触を容易にする。
生き馬の目を抜く都会の、厳しい生存競争。
そうしたことで東京医大は、他の多くの医大よりも問題が差し迫ったり、落とし穴にはまり込みやすかったりしたかもしれない。

そんな一大学の門前で、抗議デモの気勢が揚がる。
人々が行動を起こすことは大事かもしれない。
だが、同大を責め立てることは、そこをスケープゴートにするだけの結末を招いてしまいはしないだろうか。

誰から見ても明らかな間違いを犯した相手は、叩きやすい。
しかし裏口入学はともかく、女子受験生の一律減点に怒っている人たちの怒りの対象は、規則を破った過ち(あやまち)より、その根っこにある女性差別という偏見であろう。
大学側の「女(性医師)3人で男(性医師)1人分」発言も、女性医師差別を是(ぜ)とする実情の、あからさまな表現型である。

ならば本当の敵は、今回女性差別をした当事者ではなく、女性差別を生む社会、その思想や構造である。
当事者個人を相手にするのみでは、社会という真犯人はどこかへ逃げ潜んでしまうことだろう。


「女性は必ず3人子どもを産んでほしい」
「男も育児…子どもにとっては迷惑…ママがいいに決まってる」
「(LGBTのカップルは)子どもを作らない、つまり生産性がないのです」
ごく最近の政治家発言だけでも、「結婚したら女性が出産し育児」という定型図式の押し付けは、枚挙にいとまなく、くり返されている。

女性医師に休職や離職が多いのはなぜか?
結婚や子育てがその理由だという。
それは事実のようだけれど、実は言葉が足りない。
本当の理由は、結婚や子育てによる家事・育児負担は女性が負うもの、という固定した社会通念が居座り続けているからだ。

この社会構造は、男性を極限まで仕事に酷使し、女性に次世代形成のすべての責任を担わせることで成立する。

男性医師が休まず働けるのも、どこへ派遣されても行けるのも、仕事人間でい続けていても家庭は崩壊せず子どもが立派に育つのも、すべてその間ずっと、表に出ず裏で懸命に働き続ける、妻がいるからである。
その妻がもし医師であれば、家庭や子どもを守る代償としてその分、自分の仕事をあきらめさせられているからである。

つまり極言すれば、男性を1人前以上に働かせるために、女性を職業人として成立させないようにしているのが、今までの、そして今も続く日本社会なのだ。


出産に関しては、「男性ならば休まない」という事実を覆(くつがえ)すことはできない。
しかし健康な妊娠であれば、その休職期間は何か月でもない。
それをも許せない職場は、不寛容と言うしかないのではないか。
そんな企業は、おそらく雇っている者が癌になったと聞けば、たとえ治療しながら働ける状態であっても、早速に解雇するのだろう。
国民の2人に1人が癌になる時代、明日は我が身かも知れないのに。


医師という仕事は、女性にとってはやりがいを感じやすい職業だと思う。
入院患者の主治医にしても、外来の担当医にしても、任されれば自分の責任において調べ学び考え判断し、すべてのことを進めていける。
もちろんチーム医療や指導関係などはあるけれど、女性だから言うなりのお飾りだとか、手も出させてもらえないとかいうようなことはあまりない。
もちろん、人の命を預かる、とても大切な仕事だ。

女性で医師を志す人は、これからも増えていくだろう。
それにともない、医大合格に足る学力と資質を備えた女性の人数も増えていく。
受験で公平に評価するなら、男女比が1:1になる日が来てもおかしくない。

医療界はそれを受け入れられるのか?
それとも反対をはねつけ男女の役割は異なると明言し、定員枠などで規制していくのか?
たぶん進むべき道は、その2つのうちどちらかしかない。

2018.8   

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