原因不明の悪化でアトピーの湿疹がどうにもひどくなったとき、ステロイドの塗り薬は非常な威力を発揮する。
顔の悪化に使えるタクロリムス(プロトピック)軟膏もまた同様。
たちどころにと言っていいくらい、数日で見事に皮膚がきれいになる。
ただし、今までさほど使っていなかった強いそれらを使ったときのこと。
この強力な文明の利器は、前世紀半ば以降、現代皮膚科医療の主体を成す。
アトピーを含め、湿疹・皮膚炎治療の第1選択であり、その他多くの炎症を生じる病気にも塗布される。
堪え難い急性の重度の炎症、それによる痒みを、素早く鎮めてくれる。
それは本当にありがたい話。
だが、その後の経過は分かれる。
きちんと治療したため、早く楽になり、こじれることもなく早期に治癒する、理想的なケース。
ぶり返しがそこそこあるが、そのとき塗れば治る。そんなことをくり返しているうちにいつしか治ってしまうか、それ以上ひどくはならない。コントロール良好とされるケース。
困るのが、塗るのを止めるとすぐ悪くなるケース。
ステロイドではこれは少なくない。
アトピーにおけるリバウンドとして騒がれたときもあったが、その言葉には首をかしげる医師も多く、どう捉えるべきか微妙なところである。
さらには、塗り続けていてもなお思わしくない、という重症ケースもある。
効かないから薬を強くするといういたちごっこは最強ランクのステロイドに到達するまで続き、それでもステロイドがすべてを治せるわけではない。
そもそも出た症状を治す一方で、出た原因を除いていなければ、同じ原因でまた出るのは当然なのだが、
アトピーの場合、原因は幾多のものに反応しやすい体質だから、その体質は除けない。
反応しているものを原因と捉えてもそれはたくさんありすぎ、1つや2つを除く努力でそうそう目に見える成果にはならない。
いきおい、何に反応していようとその結果に効く、ステロイドの薬が重宝される。
そうであってみれば、生活環境からのアレルゲン排除と、自分の体の反応しやすさを暴走させないため体調を整えることの2つは、地味であってもステロイドに頼る前の有効な自己防衛策と言えるだろう。
一方、止めるとすぐ悪くなる理由には、ステロイド薬そのものの性質も考えられる。
ステロイドにはそれが効いている間、炎症が生じるのを抑える効能がある。
つまり、対症療法として用いながら、同時に何がしかの予防効果も得ていることになる。
ステロイドを付けている間は、既存の湿疹が治っていくだけでなく、新しい湿疹が出にくくなる。
これを端的に利用しているのが、アトピーの新しい治療法とされる近年のプロアクティブ療法ではないかと考える。
すでに皮疹が軽快しているのに、週2回などと強いステロイドを広く皮膚に塗り続ける。
目に見えない炎症まで治すためだと言う。
湿疹に至る炎症の顕微鏡レベルの始まりまで治すと言うなら、それはまさしく予防ではないか。
予防的に体質を抑えている薬が切れれば、症状が噴き出すのは、当たり前の成り行きである。
また逆の見方をすれば、体質を強く抑え続けることで、抑えていないときとの落差を拡大させるかもしれない。
それが、ステロイド離脱時のリバウンドと呼ばれるものになるのだろう。
ステロイドには、くり返す長期連用により効きめが低下する懸念もある。
数年以上外用を続けた患者の方から、前は効いていた(強さの)ステロイドが、最近は効かないと言われることがある。
一度もそうした訴えの経験がない皮膚科医は、たぶんいないだろう。
そんなときは病状が悪化したと捉えられ、処方ステロイド薬の強さがアップされる。
開発当初のステロイド外用剤に関する医学論文には、それはタキフィラキシーと言う慣れの現象なのだと書いてあった。
しかし近年の論調は、この概念に否定的で、効果減弱はないとする傾向にあるようだ。
本当にそうならいいけれど。
薬を強くするのは簡単だが、弱いものに戻すのは難しい。
ステロイド治療で湿疹がすっかり消え、じんま疹も出ていなくても、もしまた出たときはこれでないと治らないから、と強いステロイド剤を必要とし続ける方は多い。
ステロイド外用剤のように4段階もの強さのランク分け明瞭にある薬は珍しいから一概には言えないが、一旦ランクアップをしてしまうと、非常に高率でランクダウンを拒否される薬ではある。
より強いステロイドを処方した医師は、それまでかかっていた医師より名医と評価される。
患者の方もより強い方の薬をもらっておけば、何が起きても慌てて病院に駆け込まずに済むから安心だ。
ステロイドはそういう魅惑的な薬である。
このところ、人生早期のステロイド大量外用が、アトピーにさせないためにと奨励されている。
壊れた皮膚から異物がくり返し侵入していると、体内で免疫が覚えてアレルゲンになってしまう。
そうして感作されたアレルゲンがたくさんになると、ひどいアトピーになる。
だから赤ちゃんのうちからステロイドと保湿で湿疹を治しバリアを補い、異物が侵入しないきれいな皮膚を保ちましょう、という理論。
ほんの何年か前までは、保湿で補うだけだったのに、いつの間にか予防的ステロイド塗布までが必須事項になる傾向だ。
治療はだんだんエスカレートする。
日々の外来で患者や親に、きっちり保湿していたのにやっぱりアトピーになりました、と言われれば、医師はこれだけでは足りないのか、何とかしてあげられないものか、と考える。
その結果が、全身に延々とステロイド塗布。
個人的には私は、ステロイドに局所と全身の副作用が皆無でない限り、予防的広範囲塗布は、頻度も期間も範囲も必要最小限にすべきと考えている。
予防効果が期待できるほどの十分量の投与は、皮膚萎縮・毛細血管拡張・多毛・乾燥傾向・皮内皮下出血・脆弱皮膚・創傷治癒遅延などの局所副作用と、身体ストレス耐容力の低下・成長への影響・感染助長などの全身的副作用の可能性と引き換えだということを、つねに認識しているべきだ。
けれども世の中は、切れ味のいい即効治療がもてはやされる風潮である。
ところで体質は除けないと上に書いたが、その体質除去に一歩近づいたのが、新薬デュピルマブ(デュピクセント)である。
何がアレルゲンであっても、生じたアレルギー反応が進行する途中のインターロイキン4及び13レセプターのポイントで、それ以上反応が進まないように遮断する。
やはり一時抑えには変わりないから、一生注射を続けなければいけない治療だが、
高価なだけに注射が効いているうちは顕著に改善するようで、そのうちステロイド外用剤も大して要らなくなってしまったりするのだろうか。
それでも費用対効果の圧倒的な悪さから、医療費を圧迫するデュピルマブが最重症アトピー患者以上に適応を拡大されることは、あまりにも非合理的である。
さらなる新薬が出ても同様で、ステロイド外用剤の必要性が途絶えることはないのだろう。
医師も患者も翻弄され続け、愛し憎み続ける輝かしい薬、それがステロイド薬である。
2019.8.
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