[専門医制度は誰のため?]




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専門医制度の改変が、暗礁に乗り上げている。
2017年度から新制度開始の予定だったのに、どうしても話がまとまらず紛糾。
とりあえず一年延期、という姑息な対応になった。

この改変が改悪になる懸念を、2年前に書いた(「絵に描いた専門医」)。
そして、やはり、という感が否めない。
この制度は、誰も幸せにしないのではないか。

この問題の情報公開度は、なぜかとても低い。
国民全体の医療に関わる問題だというのに不思議だ。
我が家のとっている新聞に載っているのを見たのは、改変計画が発表された2012年と、延期が決まった先月の、わずかに2回だけ。
インターネットを検索しても、制度改革がどう進んでいるかという情報はほとんど見つけられない。
「新制度が医師の偏在を進め、適切な医療の提供に支障をきたす」からと、日本医師会と病院団体協議会が「現状の学会認定専門医制度を維持して」と訴えた記者会見すら、ニュースとしての報道さえされていない。

厚労省が言うように専門医の質が均等に高まると言うのなら、国民の利益であり、もっと大々的に広報してしかるべきではないのだろうか。
そうしないのは、胸を張って宣伝できるほどの内容でないからではないのか。

報道もまた、どうしてこのニュースにそれほど興味がないのだろう。
話が専門的すぎて判断が困難なのか。
それとも、お上の決定は良い事であるはずと、単純に信じているのだろうか。
まだ決まっていないことにかかずらっている暇はないか。
医師が厳しく裁定されるのは歓迎、なのか。

いずれにしても、一業種の内部問題だと看過していたら、手痛いしっぺ返しが来るかもしれない。
制度変更の影響で医師の分布が変われば、自分の近くの病院の専門医がいなくなるかもしれないのだから、これは全ての人に関わる問題だ。
この改変で医師が、医療が良くなるものなのか、一般の人もしっかり見てほしいと思う。

前回も書いた通り私は、高度な専門技術分野の専門能力を、第三者に判断させるという発想に、そもそも無理があると思っている。
優秀なベテラン専門医の関与なしに、適切な判定は決してなしえない。
だから、医師でない日本専門医機構の人たちは、能力がないのに権限だけを与えられるという、非常に宙ぶらりんな状態になっている。

本来認定とは、認定する側に相応の資格があると思うからこそ、費用を払ってでも認定を求めるものだ。
だが今回、その資格に実体はなく、国のお墨付きを得た機関という形式だけが全てである。
医師たちが従うものは、評定の公平性ではなく、国の権威に他ならない。

日本専門医機構は、その形態としても問題がある。
すでにまだ認定収入のない中、借入金で運営しているという見通しの甘さだ。
どんな会社も経営が難しい昨今、認定料頼みの専従機構を第三者たちで成り立たさせようとすることに、果たして理があるのだろうか。

かつて2004年からの新医師臨床研修制度により、研修医たちが大学病院に行かず、市中病院を選ぶようになり、大学病院は人手不足にあえいだ。
今度は研修医たちが、多様な専門疾患の症例経験という認定要項を満たせる大学病院に、回帰せざるを得なくなるのかもしれない。
それでバランスがとれるとすれば、改変の成果と言えるのかもしれないが、度重なる変更が現場を揺さぶる負荷になるだろうことは間違いない。

現在、各分野の医学会は、最新医学情報を分かち合うのみならず、専門分野の研鑽(けんさん)を深めていく場でもある。
学会は、医師たちの卒後教育を担っている。
しかるに新制度の日本専門医機構は、教育の労は一切とらず、認定研修病院から施設認定料をとり、ただ多様な課題を課し、診療内容を含めた多数の報告を医師本人や周囲医師にさせて検閲し、さらに医師個人から認定手数料をとる。
なんとも不合理に感じられてならない。

これが、専門医の質を上げるための方策だというのか?
医師たちを疲弊させる役にしか立たないのではと言ったら、暴論になるだろうか。
1つだけはっきりしているのは、日本専門医機構に収入が入り、その分が各学会に入らなくなることだ。
それにより学会運営に差し障りが出るなら、むしろ専門医の質は下がるだろう。

新制度制定の迷走は著しく、内部の現役専門医である私たちにも滅多に情報が伝わってこないほどだ。
私の所属する日本皮膚科学会では、新制度ではこうなりそうという認定基準項目が、2回ほど会報に通知されてきている。
はじめて専門医になる人の認定だけでなく、数年ごとの専門医更新も日本専門医機構に移行する予定だから、更新対象者の一員である私も関係者だ。
気になる更新項目として、増えていたのは、医療倫理に関する講習、自分が診たさまざまなその科の患者100例の報告提出などで、専門能力の証明というより、ノルマが増えるだけにしか見えない。

新専門医制度は、いままでとの違いを出そうとする結果、徒(いたずら)に課題やチェック項目を増やすだけの結果に陥っている。
それは改革ではなく、改悪である。
臨床やそのための実質的な学びに、時間と精力を傾けたい真面目な専門医にとって、大いなる無益な負担となるだろう。

専門医は自分の能力の1つの証明だから、持っているに越したことはないのだが、患者を診ることを規制するものではない。
医師免許があれば、診療はできる。
あまりに不条理な制約を押し付けられるなら、看板で患者を呼ばなくても大丈夫な医師にとっては、専門医取得を放棄することも可能だ。
専門医資格を持たない医師の中にこそ、隠れた名医がいる、という笑えない時代が来るのかもしれない。


2016.8.  

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