平昌オリンピックで日本女子が金メダルをとったスピードスケートの団体戦 pursuit。
偏屈な私が気になるのはその日本語訳である。
テレビを見ていると、そのままカタカナにした「パシュート」と呼ばれているよう。
しかし新聞の見出しには「追い抜き」という訳語が踊っていた。
元の英語の競技名は、”pursuit”。
「追求」「追跡」「追求するもの」という意味の名詞だ。
動詞形の “pursue” になじみのある人も多いだろう。
「追いかける」ことを表す言葉である。
またスポーツ用語の訳として、辞書に「(自転車、スケートの)追い越し競争」という訳語も載っていた。
「追い越し」と「追い抜き」は同じこと。
辞書に載るほど一般的、普遍的な言い方なのだろうか。
でも私は、この競技を「追い抜き」と訳すのは変ではないかと思う。
それは、競技の特性を的確に表していないから。
競技名 “pursuit” の意味は、「追いかける」こと。
先頭の選手を2番目の選手が追いかけ、2番目の選手を3番目の選手が追いかける。
そんな形で一列に並び、ついて行く姿を形容したものだろう。
仲間を追い抜く、追い越すのが目的ではない。
むしろ追い抜かずぴったりとつき従う技能を競う。「追いすがる」競技なのだ。
途中、仲間が仲間を追い抜く場面はある。
それは越したり抜いたりして負かすためのものではない。
風をまともに受けてもっとも負担のかかる先頭という役割を変わるため、むしろ自分が犠牲になるための交替だ。
競っているのではなく、美しい仲間愛なのである。
しかるに通常、日本語で「追い抜き」「追い越し」と言うときのイメージは、
抜き越した者が「勝ち」、抜かれ越された者が「負け」という競争である。
それは仲間の協調が勝利を呼ぶこの競技の概念と真逆であり、ふさわしくない。
その上「追い抜き」という言葉は1スポーツの競技名としても奇妙に思われる。
なぜなら、ほぼすべてのスポーツ競技が、ライバルを追い抜くことを競う勝負なのだから。
どのスポーツもある意味「追い抜き」。だったらそれでは競技名にならない。
同じスピードスケートの ”mass start”。
こちらは「マススタート」とされ、「集団出発」「大人数滑走」などとは訳されない。
そんなスポーツからしからぬ間の抜けた言葉になってしまうからだろう。
競争の緊迫感すら失われてしまいそうだ。
ならばパシュートも、頑張って日本語にしなくてもいいのではないか。
半濁音(ぱ)に拗音(しゅ)が続く音の配列は、少し発音しにくく聞き取りにくくはあるかもしれないが、できないほどではない。
スピードを競う氷上スポーツにふさわしい、鋭く透明な美しさもある。
どうしても日本語にしようというなら「追走」かな。
あと近いのは「追っかけ」とか「追随」とか。
意訳するなら「縦走」、「縦列走」、「並び走」、「グループ滑走」などもありかも。
とにかく「追い抜き」はないな、と思うのである。
2018.03.