ーステロイドやプロトピックに、アトピー性皮膚炎は治せない。
それでも、ステロイドとプロトピックは、アトピー治療の最大の武器であり続けるだろう。
アトピーにおける脱ステロイド治療のパイオニアのお一人、玉置昭治医師が、いみじくも言っておられた。
「効くのは、ステロイドとプロトピックだけ。」と。
その発言は、脱ステロイドの考えを裏切るものとも受け取られた。
けれど私は、そうは思わない。
「玉置氏は、虚飾なしの現実を見据えようとしておられる。」と思った。
今まで、どれほどの医師や治療家が、脱ステロイドを唱え、
その有効性を力説し、名医と称されて大勢の患者を集め治療していく中で、
いつしか少しずつステロイドを併用し始め、
標準治療と何ら変わらないものに変質していったことだろう。
玉置氏の言動を、それと同じものと捉える人もいるかも知れない。
でも、そうではない。氏の言わんとするところは、もっとずっと深い。
私が推測し受け止めた氏の思いは、以下のようなものである。
“ステロイドとプロトピック以外の治療は、ほとんど全て効果が不定だ。
効くかどうか分からないか、効くとは思えないものである。
脱ステロイドの思想のもとに、そういうものを、過大評価してはいないだろうか。
ステロイドとプロトピックは、使えば一定の程度には確実に効く。
それと同じような効果を、他の治療に期待する傾向には、警鐘を鳴らしたい。
患者は、当てにならないものに頼るのではなく、自らの生活と意識を制御することによって、軽快する道を探るべきだ。”
ステロイドもプロトピックも、言うまでもなく、アトピーの原因や体質を治す薬ではなく、症状を抑える対症療法薬である。
その意味で、「アトピーを治す・治せる薬ではない。」のは自明である。
その一方、対症療法薬としては、ほぼ万人に共通の、現存の治療法の中では最も良い切れ味を示す薬である。
それ以上のものを、人類はいまだに見出せていない。
その現実を、私たちは認めなければならない。
だから、医師が、少なくとも多数派の医師が、その有効な薬を手放す道理はない。
それらの副作用を懸念する者が、医師にステロイドを使うのを止めてくれと、たとえどれほど言いつのったとしても、医師の処方薬リストから、ステロイドやプロトピックを抹消させることは、できないだろう。
ステロイドとプロトピックが、現代医療の中で、不可欠の薬になっているのも、事実。
そして、あらゆる薬に副作用の可能性があるように、ステロイドとプロトピックにも、副作用というリスクがあるのも、事実。
なのである。
私自身は、自然治癒力を大事にする観点から、アトピーにできればステロイドもプロトピックも使いたくないと思っている。
けれど、実際の診療の中で、自ら処方したり、他の医師が処方しているのを見過ごしていたりもしている。
ひどい症状に苦しみ「今何とかしてほしい」と来院してくる目の前の患者に対し、医師つまり私が持っている、即効性のある手札とは、それだけなのだ。
かくも無力な者である。
抗アレルギー薬・保湿剤・生活指導の併用で、できるだけステロイドを減らす努力はもちろんしてはいる。
けれどそれだけでは、使わないで平気な状態まで至る者は少ないのが、現実である。
脱ステロイドを推奨する医師からは、こういう言葉も聞く。
「絶対に、使ってはだめ。」
「1回でも、いけない。その影響は残る。」
「使わないで生活を正して我慢していれば、絶対良くなる。」
不謹慎ではあるが、私には残念ながら、そうは思えない。
使ったら大変なことになるとも、使いさえしなければ治るとも、思えない。
ステロイドとプロトピックは、アトピーの経過に悪影響を与えるかもしれない薬ではあるが、決して、アトピーの原因ではない、と考えている。
標準治療の医師の元で、10年20年に渡りステロイドでコントロールされ、そこそこの状態を保っている人や、一時よりはるか軽快した状態になって維持されている人を、私は沢山見ている。
その一方で、脱ステロイドをして、薬いらずの元気な体に至った人たちも見ている。
そしてそのどちらでも、上手くいっていない少なからぬ人たちの存在も、私は知っている。
アトピーという病気が、自然軽快の可能性をはらんだものである以上、ステロイドやプロトピックを使う/使わないのどちらの治療も、患者が仮に長期的経過として良くなったとしても、その治療の成果であったかどうかは、分からない。
結局のところ、「使う方が治る」という証拠も、「使わない方が治る」という証拠も、誰も持ってはいないのだ。
だとすれば、「使う方がいい」とも、「使わない方がいい」とも、誰も断言はできないはずである。
医師の講演会で、ステロイドを使わず、除去食療法などで幼児の内に軽快に至った子供の症例を見た。
医師の主張はむろん、だからステロイドを使わない方がいい、というものであり、それは充分に理解できたのだが、それを見た時の私と周囲の知人たちの感想は、違う所にあった。
それは、初診時の症状のあまりのひどさで、
「この外観で、お母さんがステロイドを全く使わずにやっていくのは、ほんとに大変だよね。」
というものだったのである。
悲惨な外観で、痒みに泣き叫ぶ我が子を、日々見続けなければならないつらさ、このままでいつか本当に良くなるのだろうかという不安、批判的な世間の目。
数年後ではなく、今か近い内に、ある程度良くなって、安心感を得たいという心情に親が至ったとしても、誠に無理のないことだと思う。
そこで、ステロイドに救いを求める親を、非難することができるだろうかと考えると、私は、できないと思うのである。
それゆえに私は、ステロイドやプロトピックを、使う患者であろうと使わない患者であろうとどちらとも、寄り添う道を行きたいと思う。
同じように、使う医師も使わない医師も、どちらも人でなしだなどと思わない。
あくまでも、個人の選択として、道を選ぶしかないだろう。
そして、ステロイドやプロトピックを使うのならば、副作用の可能性を覚悟しなければならないだろうし、
使わないのならば、始めの方で述べたように、簡単に治るという幻想は、捨てなければならない。
どちらの人生の質を、より好ましい良いものと考えるかは、その患者次第である。
厳しい現実の中で、患者も医師ももがいている。
私も、もがき続けたい。
決してあきらめはしない。希望だけはいつでも残されている。
2009.12