早咲きの桜と、季節外れの雪。
どんな環境の変化が訪れようとも、生き物はその中で生きていく。
生きとし活けるものは皆、死すべきもの。
その日までは精一杯生きる。
世の中は、新型コロナウィルスの話以外は話題にならないくらいの風潮になっているが、その中で相も変わらず、アトピー性皮膚炎の話をしていこう。
強力な新薬がまた一つ、今度は外用薬が承認に至り、この2020年4月にも発売の運びとなりそうだ。
その薬の情報の要点を取り出してみる。
一般名デルゴシチニブ、商品名コレクチム軟膏。
細胞内のサイトカイン情報伝達に関わるヤヌスキナーゼ(JAK)を阻害することにより、抗炎症/免疫抑制/掻痒軽減作用を発揮する。
JAK阻害薬は数年前から、関節リウマチや潰瘍性大腸炎の、既存治療で効果不十分な患者のみに適応となる内服薬が出てきており、外用剤としての販売は世界初になる。
アトピー性皮膚炎については外用剤ゆえだろう、一般名デュピルマブ(商品名デュピクセント)の注射薬のように重症度の条件や既存外用継続というような、縛りはない(治験では、中等症から重症の患者に使われている)。
しかし1回塗布量は5gまでと用法用量で規定され、塗布は1日2回。
4週間以内に効果が出なければ中止、また、改善したら漫然と長期使用しないことも指示されている。
ステロイドやタクロリムス(プロトピック)のようにずっと使い続けることはできない、それなりのリスクがある薬だということだ。
リスクの第一は、やはり感染症である。
このサイトでくり返し書いていることで恐縮だが、アレルギーの過剰免疫をピンポイントで強力に抑えれば、そのポイントが関わっている生体免疫が本来果たすべき異物除去能力は、致命的な打撃をこうむる。
何なにマブとか、何とかニブという名前の薬は、大体それに該当する。
細菌、ウィルス、真菌(カビ)ら外敵が入って来た際にそれを適切に排除できず、感染症にかかりやすく、かつ重症化しやすくなる。
自分の体内で生じた異物である、癌の源に対する排除能力も落ちるから、数年から数十年単位の長期的予後として、発癌を生じやすくなる可能性もある。
太く短く生きられればいい、と思うべきなのだろうか。
デュピルマブの適応が認められているのは今のところアトピーの場合、成人患者(気管支喘息では12才以上)だが、このデルゴシチニブにおいては、小児を対象とした治験も進行中である。
子供の患者をも含め、ステロイドなどの既存治療でもう手に負えなくなってきているが、まだデュピルマブに行くほどではないという、中等度から重度のアトピー患者の受け皿となって行くのだろう。
かくいう私は、一皮膚科専門医としてこれらの薬を熟知しておく必要性は強く感じているが、こうした新しい強い薬に頼らないで、あるいは使ってもその使用を最小限にしてやっていける体を作りたい、という夢を見続けている者でもある。
実際に、痒み・乾燥・発疹と無縁でないアトピー体質の自分の日常を、適時ワセリン使用のみで無事に過ごしている。
私の代替療法クリニックを訪れてくださる方々にはそれを提供する。
西洋医学を求めて病院に見える方にはそれを。
私は情報を差し出す。ここでの治療を望むのかどうか。選ぶのは、患者である。
どんな自分で、生きていきたいだろうか。
2020.03
(追記)
このコレクチム軟膏0.5%が2020年6月に販売開始された後、小児を対象としたコレクチム軟膏0.25%も2021年春までに承認され、アトピー性皮膚炎小児に用いられることが決まった。
年齢で言うと、16才以上が成人量、2才から15才が小児量の扱いである。
小児でも症状のひどさによっては、0.5%が使える。もちろん良くなったら0.25%へ変更する。
成人でも、新たな縛りが加わった。
1回の塗布量が5gまでだけでなく、体表面積の30%までという目安が、新たに明記された。
体表皮膚の面積は、成人で片腕全体9%、片脚全体18%、体の前後面全体が36%だから、適当に広く塗ったら超えてしまう。
そういう使い方をしてはいけない薬だということだ。
しかし、薬自体は2年間保つものである。
ひとたび処方してしまえば、その後の患者の塗り方を完全に把握することはできない。
効いて良くなり1か月経っていることを確認するためだけに、患者は来院しないかもしれない。
良くなって止めていても、アトピー性皮膚炎の皮膚症状は消長をくり返すものだから、また悪化すれば手元の残薬を塗るだろう。
過剰塗布にならないようにするには、安易な大量処方は避ける必要があり、患者の利便性とは拮抗する。
ステロイドよりもタクロリムス(プロトピック)よりも、慎重に使わなくてはいけない薬。
コレクチム軟膏は、そういう認識で捉えるべき薬であろう。
平時の制御ではなく、悪化時の切り札のひとつという位置付けであれば、適切な利用が図れるのだろうか。
2021.05