[バリアがない]



. アトピー性皮膚炎の三徴と言えば、湿疹、強い痒み、そして皮膚バリア障害。

アトピー患者では、バリア機能に貢献するフィラグリンに遺伝子レベルで異常を持つ人が多いということが判明して以来、科学的裏付けができたことで皮膚バリア障害は、アトピー性皮膚炎患者の体質要素として公認された。
患者のひとりとして言わせて貰えば、この進歩はありがたい。
なにしろ乾燥肌に耐えて生きているその病苦を、病気として認めてもらえず、さながら当人の行いでも悪いかのように見られるのは、とてもつらいことだから。
只でさえ病気でつらいのに、その患者をさらに苦しめる社会的負荷は、今風に言えばセカンドハラスメントであろう。

およそ30年ほども前のこと、まだ「敏感肌」用化粧品などほとんど市場になかったそんな頃、私は、自分の肌にも使える有用な基礎化粧品を求め、見つけあぐねていた。
その折立ち寄った化粧品店で、勧められるままにスキンチェックを受けたときのことは、忘れたくても忘れられない。

それは、当時走りの美容機器だったようで、顔の頬などに水分を付けてからプローブ(端子)を当て、皮膚がその水分をどれほど長く保っていられるかを見るものだった。
画面のグラフに現れた、私の頬の皮膚の水分量を示す点は、画面上方の補われたピーク値から、見る間に、それこそあっという間に低下していき、次の瞬間には地を這う値となっていた。
どう取り繕いようもない、最低の水分保持能力。
私もそこそこ驚いたが、何人もの肌の結果を経験済みの店員にとっても、それは予想を超えた異常事態だったようである。
店員は、驚天動地の体(てい)で固まっており、二の句が告げずにいた。
そして、まるで化け物を見るような目を、私に向けたのだ。

そのときの私の顔の皮膚は、目で見てわかるほど、乾燥していたわけではない。
私にとっては、一見しっかりしていそうな肌でも、アトピーの皮膚は正常皮膚とは違うのだ、ということが身をもって理解できた出来事でもあった。
アトピーの肌は、たとえ正常にまで回復したように見えても、一触即発なのだ。
そのとき私はそれが気のせいなどではない、実証可能な科学的事実であることを学び、脳裏に刻み付けたのである。

今も、自分がそうした弱い皮膚の持ち主であることは、いつも心のどこかにあり、忘れられることはない。
そんな中で、どこまで保湿剤など薬に依存せず普通に過ごせるのか、どこまでの負荷にこの皮膚が耐えられるか、まるで実験でもするかのように過ごす毎日である。
乾燥しやすい冬の季節は、毎年皮膚の随所が粉をふいて、粉雪でも舞い散るように落ち、体がきついと感じるが、高齢化にも関わらずこの冬はそれも少なくなって、あまり気にせず穏便に乗り切ることができた。
バリアの足りないこの体でも、大事に使えばそれなりに使えるものだ。

2025.5   

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