20何年か前、私のアトピー性皮膚炎症状が急速に悪化していた頃、枇杷を食べて気分が悪くなったことがあった。
食べ始めたら口の中が痺れるような感じがして気持ちが悪く、それが食べ進むほど強くなるばかりで、中途で止めた。
何年か前に食べたときまでは、いつも何でもなかったのに、とショックだった。
未だ「口腔アレルギー症候群(OAS)」などという概念は知れ渡っておらず、
ましてや「花粉-食物アレルギー症候群(PFAS)」という原因を明示する病名などなかった頃である。
このときの私は、残留農薬の強い実だったのかな、と考えて自分を納得させた。
ただそれきり枇杷は、恐くて実も果汁を使った物も一切食べられなくなった。
当時の私にはまた、リンゴやモモ、スイカやメロン、一部のオレンジ系の新種の果実を食べて不快感を感じることがあった。
暮らしていた実家では朝食に果物をつけるのを習慣としていたので、気づきやすかったのかもしれない。
常に皮膚が絶不調の私は他にも、素材のわからない加工食品で発作的なひどい痒みを起こすことがあった。
それは、出前の肉料理だったり、木を模した箱に詰められた弁当だったり。
だがこれらの原因は、ソースの添加物や箱の化学物質で説明がついた。
しかし、ただ切っただけで何の味付けも飾りも加えられていない、元のままの果実に反応してしまうとは。
果物には植物学的な区分がある。
リンゴ、ナシ、サクランボ、モモ、スモモ、ウメ、アンズ、アーモンドなどはバラ科に属する。
スイカ、メロンはキュウリやズッキーニと同じウリ科、
オレンジ、レモン、ミカン、ハッサク、グレープフルーツ、ユズ、キンカンなどはミカン科、柑橘類という言い方は、ミカン科の下位分類を意味する言葉らしい。
同じ区分に入る物は当然ながら、類似の性質や含有成分により、同様のアレルギー反応を生じうる。
そういえばキュウリもあまり美味しく感じないのは、そのためだったのだろうか、と腑に落ちる思いがした。
枇杷がリンゴやモモと同じバラ科であることは頷(うなず)けたが、その一方、他のバラ科果実は問題なく摂取できていた。
特異的IgE血液検査でリンゴやモモを測ると、クラスIやIIの値が出た。
アレルギー予備軍の値である。
旬の作物は、その季節になると集中的に食べる。
接するほどに免疫系が記憶する機会が増え、アレルギーは強化されうる。
たくさん食べて旬の終わり頃にはアレルギーになりかかり、でも翌年まで食べずにいるリセットの期間があって、実はアレルギーの悪化が運良く避けられている。
食物や天然物質の中のアレルゲン成分は「蛋白質」というのが現代科学者の共通認識だ。
科学の進歩により、その蛋白質が、コンポーネント(構成成分)として詳細に同定可能となってきた。
それらは、プロフィリン、PR-10(生体防御タンパク-10)、グロブリン、アルブミン、LTP(脂質輸送タンパク)などという種類のどれかに属する蛋白で、その食物の学名などから各々名づけられている。
IgEの測定が通常診療の範囲で行えるコンポーネントも、少しずつではあるが増えている。
卵のオボムコイドなどは有名だが、加熱にてアレルギー性が失活しないタンパク質であるため、加熱卵が摂取可能か判断する際の目安として、卵白IgEと共に役立てられている。
私は自分にNAET施術を行った。
モモはよく食べる種類の実物を用いて、リンゴはPR-10タンパクであるMal d 1に対して。
それが良かったのかどうかわからないが、モモのIgEはクラス1からさらに0へ下がり、リンゴは3年以上クラス0を維持している。
もう心配で検査をしたいという気持ちもなくなった。
桃(モモ)と林檎(リンゴ)は、我が家には美味しい頂き物をするご縁がある。
毎年豊富に頂戴する丹精込めた作物を、食べられないのは果てしなく悲しい。
生で、写真のようにジャムで、とくと味わえる今の日常がとてもありがたい。
私にその日々を与えてくれたのは、NAETである。
メロンを多く食べるチャンスが、少し前にあった。
施術前の昔と違って口の中に違和感を感じることなく、複数の種類を食べ楽しんだ。
スイカは今、食べて特に異常もない。が、食べたいともあまり思わない。
キュウリは最近施術を追加したので、また変わってくるのかもしれない。
柑橘のレモンやオレンジはそこそこ好物である。
特にレモンはさっぱりする。糖や肉で酸性になった体を引き戻してくれるので良いそうだ。
合わなかったオレンジ系の品種は、その後食べる機会がなくわからない。
そして、枇杷である。
今に至るまで食べてはいないが、思い出す出来事があったので書いてみる。
私の家は壁や床に松材を多く使っているため、松に関わる項目をよく自分に施術していた。
松脂から得られるテレピン油(Turpentine)というのがある。同様に精油となる植物成分をテルペンとも呼ぶ。
自分の松アレルギー除去のため、松のテルペンにあたるピネンやテルピネオールを施術した。
その中で調べると、類似の成分、テルペンアルコールやトリテルペノイドが、枇杷に含まれていると知った。
これらは芳香を有する化学物質で、当然予想されるように香料や薬品の素材として転用される。
こうした天然の化学物質には、健康効果の面から語られることが多いフィトケミカル/ファイトケミカル(phytochemical;植物化学物質)、あるいはポリフェノールのように化学構造から見たフェノール類(Phenols/Phenolics)といった、多様な側面がある。
香料や添加物、アレルギーや過敏症になりやすい、害になる化学物質は「人工」の物だという、かつての自分の思い込みの浅はかさを思う。
「人工」を避け、「天然」にすれば安全、とは限らないのだ。
漆や銀杏やサクラソウ科のプリムラ、天然物質にかぶれた接触皮膚炎の激しさを、何十年と前から私は、皮膚科医として知っていたはずではないか。
このピネン、テルペンアルコール、トリテルペノイドに私は、NAET的に大層強いアレルギーがあった。
テルペンアルコールと家族が使うリンスとの組み合わせや、テルペンアルコールと建物内で使う器具との組み合わせにも反応があった。
これはとりもなおさずテルペン類の中で交差反応があること、また建材である木材の含む成分を、その中に住む私の体が感知していることを意味するのだろう。
家に帰ってくると痒みが出たのは、ほっとして副交感神経が優位になるせいだけではなかったのかもしれない。
これらをしたら、痒みが減っただけでなく、臭い過敏が顕著に減退した。
私には、帰宅して玄関を開けた瞬間に、家族が入浴を済ませたかどうかを言い当てられるという特技があったが、今ではリンスの臭いは、浴室に近づかなければ気にならないものとなった。
思い起こしてみると、テルペンに過敏だったから枇杷に反応したのか、それともその恐怖体験がテルペンアレルギーを強めたのか、今では知る由もないけれど、あのとき枇杷で出た症状は、テルペンと無関係ではないのかもしれない。
そう考えていくとますます、アレルギーの原因を突き止めることの難しさに唸(うな)らずにはいられない。
勝手に疑いの対象を狭めない視野の広さと、マクロからミクロまで全てを見ていく奥深さが必要とされる。
それでも、手がかりは随所にあるはずだ。
そうそう、5月頃に何だか調子が悪いと思ったら、毎週松林の中を歩いていたときで、松花粉の季節が過ぎたら不調が消えたこともあったっけ。
私は松がダメなのかも、と思いつければ、打つ手はある。
さらに調べると、バラ科の植物には、アミグダリンやプルナシンというシアン化合物が、種子や未熟な果実に含まれているそうである。
シアン化合物、すなわち青酸である。アレルギーでなくても明らかに有害な物質、まさに毒である。
前述の通り、バラ科の中には枇杷もアーモンドもある。
なるほど、だから青酸で服毒死した人の口元からアーモンド臭がするのか。
物事は絡み合うように複雑に繋がっており、追求していけば読み解ける。
とても興味深い。