Finger Tip Unitの怪





この2年あまり、アトピー治療解説においてトレンドになっている「FTU」という言葉がある。
フィンガー・ティップ・ユニット(指先分という単位)のことであり、外用剤の必要充分な塗布量を、わかりやすく示すためのものである。

2009年に放送され、当サイトの掲示板でも話題になったNHKの番組すくすく子育ての「どうつきあう?アトピー」でも説明されていたので(医師が指先に出して、小さい子の人形の背中に塗りのばして見せていたのがそれ)、ご存知の方も多いだろう。

1FTUとは、外用剤をチューブから人差し指の腹に、指先から第1関節まで押し出した量で、その量は約0.5g、大人の手のひら2枚分の面積に塗るのにちょうどいい量になる、という。


これを知っていれば、合理的に適切な量を確実に塗れる・・・はず。
でも、私は皮膚科医としてこの説明を一度も患者さんにしようと思ったことがない。
残念ながら、その必要性・有用性を感じたことがない。
理由を挙げてみよう。

まず、「大人の手のひら2枚分」と言っても、人によって手の大きさは幅がある。
それだけ大雑把(おおざっぱ)な目安なのであり、その大雑把が逆に混乱を招く種になる可能性がある。

例えば、もみじのような小さい手の持ち主である私が、もし自分の手を広げて説明したならば、患者さんから「私の手のひらと大きさが違いますけど・・」という不信のまなざしを向けられる(笑)ことが、充分予想される。

第2に、大雑把なくせに、面倒くさい。

いちいち手のひらを当てて患部の大きさを測り、手のひら幾つ分かを確認した上で、それを2で割った数が幾つになるか、計算する。
手のひら奇数分なら、2で割ったら、0.5という半端も出る。
患部が手のひら1枚より小さければ、さらに細かく割る計算をしなくてはならない。

逆に患部がとても広ければ、手のひら2枚分を見定めてその範囲に塗っていくという、枠の見えない塗り絵のような作業になる。

目分量で測ること、計算すること、それに合わせて過不足(かふそく)なく塗ること、 どれも頭と神経を使う、面倒な手順である。

だいたい、アトピーのように慢性の皮膚炎を抱えている人にとっては、長期間毎日、外用剤を塗る時間と手間を取り続けなければならない、ということ自体が、すでに負担になっているはずである。

その人たちに「正しい量」をいちいち計算して守らなければならない、という余計な負担をさらに与えて、何になるというのだろう。
少しくらい少なすぎたって多すぎたって、ストレスなく負担少なく、外用を済ませられる方がいいのではないか?と私は思う。

第3に、ステロイドを塗る必要がある病変部というのは、手のひら2枚分以上も連続性にあることは、めったにない。
手のひら2枚分もの広い範囲の中には、皮膚炎の部分とそうでない部分がまず必ずある。

そうでない部分にはステロイドを塗るべきではないから、皮膚炎部の面積を頭の中で足して、どの程度で手のひら2枚分になるかを、考えてもらわなければならない。

そんなことはやっていられないし、正確でもない。

一方保湿剤なら、全体に塗るので、手のひら2枚分を単位と考えてもよいかもしれない。
けれど、大量に使う保湿剤は、チューブでなく大型の容器で処方することも多く、容器ならこの法則は使えない。

チューブでも、そもそも保湿剤は使い過ぎによる副作用の心配がそうないものなので、こんな面倒な計算などしなくても、カサカサ感が残っていると感じたら、塗り足すとか量を増やすとかしてもらえばいいだけのことだ。
そのくらいは、患者自身の感覚を、医師が信じてあげてもいいのではないかと思う。

つまり、ステロイドならこの方法は使えないことが多いし、保湿剤なら、 使えないか余計なお世話かなのである。

第4に、手のひら2枚分というのは、最小単位としては、大き過ぎる。

チューブから出してしまえば、外用剤は使うか捨てるしかない。
1FTU分指先に出してから、患部が手のひら2枚分より狭いと分かったら、どうすればいいだろう。
「いいや、出した分だけ塗っちゃおう」と思って塗ってしまうか、
「もったいないけど、次に塗る時までとってはおけないから」とティッシュで指先を拭き取るか、になるだろう。

どちらにしても、無駄な使い過ぎだ。
前者は、副作用の生じる可能性を強くするし、後者は、製薬会社を喜ばせるだけ。
いずれも、患者の利益にはならない。

そして最後に、これが一番すごいことなのだが、この説明の中には、1つの嘘がある。

1FTUの量は、ややカーブしてはいるものの、チューブの押し出し口を底面とし、指の第1関節までの長さを高さとする、円柱の容積として、ほぼ捉えることができるだろう。

だからもちろんその量は、チューブの押し出し口の口径の大きさに左右される。
それなのに、日本ではほとんどの場合この口径を無視して語られている、という驚くべき事実があるのだ。
患者や一般の人に対してだけでなく、医師対象の論文や学会講演においてすらである。

保湿剤のヒルドイドソフト25gチューブから押し出した1FTUは、確かに約0.5gだが、ステロイドのリンデロンV軟膏5gチューブから押し出した1FTUは、本当は、約0.2gにしかならないのである!。

円柱の体積の求め方を知っている小学生なら理解できるこの理屈が、理系超エリートの医師たちに無視されている理由が、私にはどうしても理解できない。
FTUの怪 である。

いやしくも理系のはしくれである私としては、そしらぬ顔でこの2つをごっちゃにして、同じ量であるかのような説明をすることなど、到底できない。
恥ずかし過ぎる。

(ただ、実際には、保湿剤とステロイドでは求めている効果が違う。
ステロイドは充分量が吸収されて抗炎症効果を発揮してくれればいいが、保湿剤は皮膚表面により長く残ってバリア効果を発揮してくれるほうがよい。
それゆえ、ステロイドの方が必要量が少なくなってくると考えられ、この指導内容が間違いということにはならないかと思う。)


まとめて言うと、このFTUで外用必要量を見定める方法は、実際的ではないし、いろいろ問題がある。
全ての患者に教え守らせなければならない、必要な情報とは思えない。


そうはいっても、「この方法で測った量を1回体験してみる」ということには、患者によってはそれなりの意味があるかもしれない。

ステロイド0.2gを、保湿剤0.5gを、手のひら2枚分の広さに塗りのばしてみる。
その時の皮膚のべとべと感は、今まで自分が付けていた量より、多いか、少ないか。おそらく多いだろう。

だとすれば、今度薬の効きが悪いと思った時には、その量を思い出してそれで塗ってみて、それでも効かないかどうかを、確認することができる。
塗り方が足りないのを、効かないと思い込んで、無駄に症状を長引かせたり、必要以上に強い薬に変更することを避けられる。

そういう主旨だろうと、とりあえず私は善意に受け止めている。


それでも私には、こういう医療側の指導は、快く感じられない。

実際は幅のある研究結果を、正確に定められた既成法則のように語る姿勢は、科学者としてどうなのか。
指導してやらなければ、患者は自分の皮膚に適切な量の外用剤を塗ることさえできないという考え。そこまで患者は愚かだと考えられているのか。
そして、見るからに違う量を、同じであるかのように言い含めるやり方。指導される側はそれにすら気付かないだろうともし思っているのだとしたら、なめている。

結局、FTUは、適切な外用量を理解するための、「参考」資料なのだ。
参考以上でも以下でもないと思う。
「参考」以上にしようとする、企(たくら)みに乗るな。


医師の言う、いわゆる「こわがり塗り」というものがある。
ステロイドの副作用が心配なために、必要量より少ない量しか塗らないため、充分な薬効が得られず、皮膚炎が治らない、というものである。

FTUは、こういう患者を減らすための、有効な対策と考えられているようだ。
だが、患者でもある私から見ると、この「こわがり塗り」という言い方にも、どうしても馬鹿にしているようなニュアンスを感じてしまう。
副作用を怖(おそ)れる心理は、患者として当然なのに、あまりにもそれに対する思いやりのない言葉だ。

塗り足りないから治らない状態だと医師が思うのであれば、目の前の患者さんに対して、患部にしっかり充分な量を外用すればもっと改善する可能性があることを、きちんと説明すればいい。
その場で患部に塗って見せてもいいだろう。

普通の理解力を持った大人の患者や患者の親であるのなら、FTUなんていう面倒なものを持ち出さなくても、事は足りると思うのだが。



2011.1   

<参考(笑)情報> 
FTUについて、薬剤師の方が書いた、非常によくまとまった分かりやすい資料があります。
ご興味のある方は、リンクに飛んでお読み下さい。PDFです。





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