[彼らは脱ステを認めない] |
. |
アトピー性皮膚炎診療(治療)ガイドラインと言えば、ステロイドなしのアトピー性皮膚炎治療を志す者にとっては、目の敵(かたき)にすらなっているものだ。 1992年のニュースステーション報道がきっかけとしてよく知られている、90年代に生じ広まったアトピー性皮膚炎患者の脱ステロイド指向の潮流を、「良くないもの」と捉えた日本皮膚科学会が、ステロイドを使う標準治療のみを「正当」とする根拠として作り上げた、と考えられている。
確かに、ひとたびトラブルや裁判となれば、専門学会の定めたガイドラインは、「何が正しいのか」をその時点で判断するための重要な材料になる。
実は、患者の方はご存じないかと思うが、アトピー性皮膚炎を端緒として、近年皮膚科ではガイドラインが百花繚乱(ひゃっかりょうらん)となっている。 その背景として、1)何でもマニュアルの時代になっていること、そして2)エビデンスベースドメディスン(根拠に基づく治療)という概念が一般的になったこと、があるのかな、と私は考えている。
すなわち、 そんな状況下で、先般、皮膚科学会会員に対して「ガイドラインをどう思うか」というアンケートが実施されたのは、非常に興味深いことである。
このようなアンケートを挙行するとは、ガイドライン制作者たちも、今後の方向性に何らかの迷いを感じているということなのだろうか。 さて、果たしてアンケートの回答には、「こんなにガイドラインはいらない気がする」「専門医には必要ないのでは」という、率直な意見があった。 その一方、役立っているという回答も当然あるわけで、その中には、「治療経験の乏しい疾患では、ガイドラインがあると安心して治療できる」という一群があったが、これはどの皮膚科医も親しんでいるはずのアトピー性皮膚炎に関しては、該当しない理由であろう。 他に役立っているという見解の理由として見られた内容は、主に2つ、「私の治療が間違っていないことが確認できる」という安心の根拠になるというものと、他科の医師・医療関係者・患者に対して「説得力を増す」という金科玉条(きんかぎょくじょう)になるというものであった。
そして、「高く評価しているガイドラインは?」という質問で堂々の1位を獲得したのが、アトピー性皮膚炎のガイドラインで、実に54%の会員皮膚科医が票を入れている。 その順位の隣ページの意見の中に赤い太字で記されていたのは、「(前略)・・ステロイド外用剤を忌避する当時の社会風潮に、皮膚科学会の確固としたスタンスを示すことができた。その結果、アトピー性皮膚炎の診療の混乱に一定の解決がもたらされたことは、社会的貢献の大きさという意味でも、高く評価されると思う。・・(後略)」というものであった。
アトピー性皮膚炎のガイドラインは評価している。
不安と期待で少しばかりどきどきしながら、この集計結果を通読した私の感想はといえば、やっぱりが半分、がっかりが半分。
予想を超えて私の心をえぐったのは、やはり赤い太字とされていたある意見の、次のような一節だった。
有害?
いわゆるアトピービジネスを悪と断じる立場は、私にも理解できる。
けれど、脱ステロイド療法そのものを有害と言われてしまうと・・・。
皮膚科医になって20有余年、ずっとステロイドもアトピー性皮膚炎も身近に見てきた私は、ステロイドに有効性があることも限界があることも知っている。 (最近では再燃を予防するため、症状がなくなってからもプロトピックを週2-3回外用し続けるproactive療法というものも提唱されているが、これにしても、症状が表に出て来るところを抑え込んでいるに過ぎない。)
どんなベテラン皮膚科医であっても、実は身内のアトピー性皮膚炎1つにも手を焼いているのが現状なのである。
脱ステロイドには、ステロイドのような大規模な信頼性の高いエビデンスなどない。
脱ステロイドすればアトピー性皮膚炎が治るなどと言うつもりはない。
実際、日本にごく少数いる、ステロイドを使わない患者を受け入れた医師たちの症例の中には、苦労しながらも回復した人たちがいる。 そんな状況下で、どうしてステロイド忌避を悪と、単純に断じることができるのだろう!
けれど、現実は。
そう、お人好しな私にもやっと分かった。
ステロイド一辺倒の医師の信念と、より自然に治したい患者の希望とが、歩み寄り和解する日を、私はずっと望んでいた。
思えばかつてアトピー性皮膚炎で療養中だった頃の私も、血液検査で自分のIgE値などを知りたくても、とびひを起こして抗生剤が必要でも、皮膚科を受診することはできなかった。
皮膚科医が脱ステロイド患者も許容する度量を持ってくれない限り、患者は闇から闇をさまようしかない。
どんなにステロイド至上主義で皮膚科学会会員医師を統制し、社会に喧伝(けんでん)しようとも、そのざるからは、水が漏れている。 見果てぬ夢を患者は見続け、微力でもそれに応えたいと思う医師は、たとえ細々であろうと、生まれ続ける。
自ら所属する日本皮膚科学会と決して交わらない道を、私は歩いていくしかないのだろうか。
2012.07
| . |