今度はモイゼルト軟膏。
2022年6月、販売開始。
コレクチム軟膏に次ぎ、認可されたアトピー性皮膚炎の新規外用薬だ。
先立つコレクチム軟膏は、効く人には効く成果を出しているようだ。
2020年6月の販売開始から2年、独自の抗免疫炎症作用により痒みや赤みが止まるだけでなく、フィラグリンやロリクリンの減少を食いとめてくれる皮膚のバリア機能への効果も報告されており、重度の感染症などの問題は挙げられていない。
1回の塗布量は体表面積の30%までを目安とし最大5gという規定、
改善した場合は継続投与の必要性について検討し、漫然と長期にわたって使用しないという注意は維持されている。
治療開始時など、湿疹皮膚炎部の面積がとても広い場合は、
全部をコレクチム軟膏でまかなうのは難しいかもしれない。
そんな中、また登場した新規外用剤は、
一般名がジファミラスト、商品名はモイゼルトという軟膏。
PDE4(ホスホジエステラーゼ4)を阻害する薬である。
どんなものか、ざっと見てみよう。
作用機序:
PDE4は、多くの免疫細胞内に存在する、cAMP(サイクリックAMP)を分解する酵素である。
炎症の起きた組織ではcAMPが減少しており、cAMP濃度が低下したこの状態では、炎症を促進するサイトカインが多く産生され、逆に炎症を抑制するサイトカインの産生は減少する。
この薬はPDE4を阻害してcAMPの分解を妨げ、細胞内cAMP濃度を上昇させることで、炎症性サイトカインを減らし抗炎症サイトカインを増やすように促し、その結果として皮膚の炎症が抑制される。
塗布は1日2回、皮疹の面積0.1平方m(1000平方cm)あたり1gを目安とする。
コレクチムと同様、4週以内に改善しなければ止める、改善したら、漫然と長期に使用しない、という注意あり。
感染部位を避けるというのも、コレクチムと同様。
胎盤を通過するため、妊婦への使用は回避が望ましい。
また経皮吸収されるため、びらんや潰瘍(傷)のある部位や粘膜への使用を避け、閉鎖密封貼付はせず、用法容量を守る。
作用機序は独特だが、使用法に取り立てて特殊なことはない。
ステロイド、タクロリムス(プロトピック)、デルゴシチニブ(コレクチム)に次ぐこのジファミラスト(モイゼルト)で、アトピーの炎症を抑える外用薬は4種類となった。
「効くのはステロイドとプロトピックだけ」という時代から、「選択肢はいろいろ、どれを選ぶか(あるいは選ばないか?)」という時代になったわけだ。
どれもアレルギーの免疫の働きにより生じる皮膚の炎症を改善させるための抗炎症対症療法薬。
だが各々有効成分が異なり、効き方や副作用の出方が違ってくる可能性がある。
今後数年、実際の使用が広がっていく中で、それらが次第に明らかとなっていくだろう。
しかるべき時を経て、優劣の評価や使い分けの方策が、自ずと定まっていくことになる。
現時点でわかっているのは、有効成分がそれぞれ違うこと。
ステロイドは、副腎皮質ホルモン。
元来体内の副腎という臓器から分泌されるホルモンを合成で製造したもの。
抗ストレス、免疫抑制、消炎と幅広い作用を示す。
プロトピックは、カルシニューリン阻害薬。
移植臓器を拒否しないよう自分の免疫を下げるための薬を、外用に転用したもの。
Tリンパ球の活性化を抑制する。
コレクチムは、JAK(ヤヌスキナーゼ)阻害薬。
時代は進み、細胞内の情報伝達という、よりミクロな視点が可能になった産物。
細胞外壁の受容体から細胞の核内へ、免疫炎症促進情報が伝えられる過程が進まないように阻む。
そしてモイゼルトは、PDE4(ホスホジエステラーゼ4)阻害薬。
乾癬の皮疹や関節炎を改善させる内服薬と同様成分の、外用への転用。
免疫細胞内のcAMP分解酵素PDE4の阻害により、cAMP濃度を増大を介して、サイトカインの産生を制御する。
ここでモイゼルトだけにサイトカインという言葉を使ったが、実は4剤どれにもサイトカインは深く関わっている。
サイトカインとは、インターロイキン(IL)、インターフェロン(IFN)、TNF、免疫細胞を呼んでくるケモカイン、等々、極めて多種類の体内調節因子を統括する概念である。
それらは免疫炎症に関わる細胞から分泌され、細胞から細胞へ情報を伝え、反応を調節する。
アレルギー免疫に関わる細胞の主体は、各種Tリンパ球、IgE抗体を作るBリンパ球、好酸球や好塩基球といった白血球、肥満(マスト)細胞などであるが、これらの細胞がサイトカインを分泌し、受け取り、複雑に影響し合う中で免疫反応が活性化し、炎症となっていく。
免疫細胞とサイトカインは、免疫による炎症を展開していく主役たちなのである。
ステロイドは、血中T・Bリンパ球の数や機能を低下させるし、炎症性サイトカインを制御する。
プロトピックは、皮膚の真皮内炎症性細胞や、好酸球を増やすインターロイキンを抑制する。
コレクチムは、IL-4やIL-13が細胞の受容体につくと、JAKそしてSTATという細胞内物質を介してT/Bリンパ球と炎症性サイトカインを増やすという、一連の流れを抑制する。
つまりそれぞれ少しずつ作用部位は違っても、
湿疹という皮膚の炎症を抑えるべく用意されたこれらのアトピー薬は皆、
近年細部まで解明されつつある免疫炎症の仕組みのどこかを阻止することで、
さまざまな免疫細胞の活性化や、サイトカインによる炎症を減じ、効果を発揮するものである。
どれも抗炎症のための、免疫抑制薬。
ではどうして幾種類も必要なのか?
例えばステロイドは蛋白代謝への影響など他の作用もあり、長期使用で著明な皮膚萎縮を来たすことが知られている。
ステロイドで抑えていた炎症を代わりに他の薬で抑えられれば、こうした副作用を軽減できる。
リスク管理の観点から言うなら、リスクは分散するのがより安全である。
あっちを使ったり、こっちを使ったりすれば、効果を保ちつつ副作用を最小にすることが可能になるのかもしれない。
当面最もありうる方向性は、今までステロイドを使っていてあまり良くならなかった部位や症状を、他剤に変更してみる、という使い方と予想される。
ステロイドを完全に止めて他剤に切り替えるなら、変更した薬剤の容量が過量とならないよう、
何らかの併用をするなら、免疫抑制効果の重複による、感染症や長期間後の腫瘍形成に注意が必要であろう。
もちろん免疫抑制効果のある従来からある光線療法、注射のデュピルマブ(デュピクセント)、JAK阻害内服薬のバリシチニブ(オルミエント)との併用はリスクを増す。
アトピー治療において、新しい選択肢が、続々と現実のものとなっている。
これからは、個人のニーズに合わせて患者が、薬を選んでいく時代になるのだろうか。
はてさて、これらのどれも使うことなく、治療のゴール状態を維持できているアトピー患者の私が抱く感想は、不謹慎ではあるが、これらの薬が出る前に代替療法を見つけて軽快できていて助かった、という安堵の気持ちである。
弱めのステロイドでさえ、それを止めたときの症状の噴出に耐えられなかったのに、もしこれらのどれかの薬のおかげでどうにか寛解し、その後続けきれずに中断して再度重症化などしていたら、完璧主義の私は、なんとかなるさと受け流すことはできなかったのではないかと思う。
米国では、生後6か月から5歳の乳幼児の中等症から重症のアトピーにも、デュピルマブ(デュピクセント)の適応が承認された。
そんな人生の早期から、強力な薬に頼るその子の人生が一体どうなっていくのか、私には想像もつかない。
最小の薬で、有効性は得られないとしても副作用を被ることなく、代替療法の助けを借りつつ、我が身を律して、できる限り自然なままに生きていきたい。
それが私の願いである。
2022.7.