毎日、寒いね。
特に夜や天気の悪い日は、冷えること。
寒いと、体にぎゅっと力が入る。
ストレッサーに対する、防衛機構だ。
筋肉が収縮し、熱を発生させる。
骨格も引かれ、熱を逃がさないよう、身を縮める。
そう、この体を硬くする感覚、前にもあった。
紅皮症になったアトピー性皮膚炎のどん底で、
痒み止めも奏功しないひどい痒みに、
ただ耐えることに、一日中の時間を過ごしていたあの頃。
ベッドの中で痒くてたまらない時、自然に体は硬くなった。
背中は丸まり、股も膝も目一杯曲げ、身を縮ませる。
痒い所を中心に、体中の筋肉が緊張する。
あたかも子宮の中の胎児のように。守って。助けて。
爪を立てる程に我が身を握りしめ、歯を食いしばる。
首を硬くし、顎を前に突き出し、呼吸は荒くなる。
そしてきつく目をつぶり、ひたすら時が過ぎ去るのを待つ。
せめて脳裏に、闘いが終わる日の幸福を想い描きながら。
体はいつも、実に鋭敏に反応するね。
これらは皆、ストレスに対抗するための、体の反応だった。
起きていても痒くて、体中の筋肉に我知らず力が入った。
猫背になって身をかがめ、逃れるように顔だけ突き出して
顎を上げ、表情を歪めて、呻いていた。
手はいつも、掻くかつらい所を支えるかで忙しく、
尻は後ろに突き出し、痛い所は座るときには浮かせて。
伸ばすと痛すぎる股と膝はいつも曲げたまま、
皮膚の痛みをかばいながら、よちよち歩いた。
その時は我が身を眺める余裕もなかったけれど、
さながら老人のようの姿であったことだろう。
気がつくと驚く程、姿勢が悪くなっていた。
強い慢性ストレスの継続は、いつしか体を変え、
歪みを作っていくかもしれない。
己が身が変わり損なわれることは、とても悲しいね。
けれどそれは、余儀ない必要な対処だったのだ。
皮膚が改善し痒みがやわらぐにつれ、少しずつ体は、
自然に伸ばせるようになっていった。
だから自分の体を、もっともっと信じるべきなんだろう。
たとえ変わっても、それが回復に繋がる道かもしれないし、
変わった自分も、また悪くないかもしれない。
どちらにしても、体は意識が気付いているよりずっと、
敏感に状況を察知し、速やかに深く対処している。
私を守ることに、私以上に熱心で秀でているそれは、
誰よりも頼れる最上の味方ではないだろうか。
「こんな体の自分でなければ」と思うこと、あるよね。
でもそれは、きっと違うんだ。
所詮、人間の体は不完全なもの。
だけど、奇跡的に精巧なものでもある。
少なくとも、こんなに頑張ってくれている自分の体を、
愛さない手はないだろう。
命ある限り、ともに歩いて行く。
語り合い、慈しみ合いながら。