重度のアトピーから無事生還してこのかた、日々の養生や、自分に合わない物を避けること、そしてアレルギー体質を軽減する施術によって、今私は普通に暮らせている。
けれど世の中には、困窮している過敏体質の方たちがたくさんおられるだろう。
技術が進歩し、世の中が便利になるのは不可避の流れである。
巷(ちまた)には、日々生み出され続ける新開発の製品が溢れる。
洗う手間なく布類がきれいになるという幻想を現実にしてくれるスプレー。
香水ほどきつくも高価でもなく、生活の澱(おり)を覆い隠す匂い付き洗剤。
しかしながら、人の好みはさまざまだ。
メーカーが良いと思うからと押し付けられては、たまったものではない。
今日日、不特定多数の人が乗り合わせる電車など公共交通機関に乗ることは、ちょっとしたギャンブルである。
隣の席に誰が座るか、近くに誰が立つか。
その人の匂いが体臭ならばお互い様と思うけれど、
付けられた二次的な匂いなら「どうして?付けないで来て!」と思ってしまう。
生理用品にすら、香りが付けられてしまうご時世。
すでに閉経したことを喜ばずにいられないとは、何たる皮肉であろう。
かつて全身アトピー性皮膚炎の厚い湿疹に覆われながらステロイド外用剤も塗らずに療養していた頃、案じて下さった親しい人たちにやさしく言われた。
「よくわからないけど、ステロイドで一生コントロールしていけるなら、それでいいのでは?」
そう、それで自分の体を「一生コントロールしていける」と思えなかったから、私はこの道を選んだのだ。
それでも、皮膚科医として病院で行う保険診療で、魔法の弾丸が出せるわけもない。
せいぜいが、生活指導に力を入れるくらいが関の山だ。
どうしようもない体質があるからこそ生じている積年の病状が、少しくらいのアドバイスでオセロのように簡単にひっくり返るはずもない。
厳しいけれど、それが現実である。
昨年11月ここに、開発中のアトピー新薬のことを書いた。
これは確実にアトピー治療における時代の変革であろうことは間違いないが、
はてさて今度は「一生コントロールできる」薬なのだろうか。
そうであったとしてもなかったとしても、やはり絶対的な解決策ではないだろうことを忘れてはいけないように思う。
従来の薬より致命的な副作用が少ないようだとはいっても、副作用がないわけではなかろう。
免疫の仕組みのどこかを強制的に抑えれば、いずれどこか別の場所に何かの問題が表出してくるかもしれない。
例えば外敵の菌に感染して病気になったというのなら、その菌を撃退し追い出すことができれば、完全なる病気の終焉(しゅうえん)が期待できる。
癌が出来たけれどまだ小さいというのなら、体機能に問題を残さず、完全なる切除も可能であろう。
だが体質は、あなた自身だ。
自身をより良く保つには、攻撃の太刀(たち)や抑制の鎖だけでは、きっと対処しきれない。
あなたをあなた自身のまま活かすためには、多様な手段による包括的な取り組みが、必要となるに違いない。
より良い自分を目指して、広い視野を持って、私たちは進んでいく。