接種推奨再開に





子宮頚がんワクチンの若年女性への定期接種推奨再開が決まった。
それを受けて考えるところを少し書いてみたい。

何事も情報公開の世の中、今回は、誰でも見られるより詳しい説明リーフレットや、厚生労働省ホームページ上のQ&Aサイトが製作されている。

私が穿(うが)った目で見るからなのか、これらを読んでみると、どうにも非常に持って回った言い方をされている印象がまずある。
何しろ、長い。リーフレットは別途短縮した「概要版」を作らなければいけないほどの「詳細版」だし、Q&Aは2021年11月下旬の現時点で質問項目が26もある。
有り体(てい)に言って、読み通すだけで容易でない。

試験問題の選択肢だったら、正解の文はより長いことが多い。
この場合はどうだろうか。
間違った文を作るには、どこか一か所でも間違っていればいい。
だが、正しい文を書くには、どこ一つとして間違っていてはいけない。
どんな状況でもどんな見方をされても間違いとならないようにするには、いろいろな説明の言葉を付け加えていかざるを得ない。
だから長い文というのは、まったく誤りなくすべてを正確に説明しようとする姿勢の表れと受け止めることができる。

とは言え、私は医師だから読もうと思うけれど、まだ国語も生物も基礎学習途上の10代前半の少女たちに、この内容を把握し責任を持って接種に同意しろというのは、かなり酷ではないだろうか。

まず、子宮頚がんという病気の成り立ちの複雑さ。
がんとは何故か悪い細胞ができて増殖してしまうものだが、その原因がこの場合はウィルスであるということ、だがしかしウィルスにかかる=がんになるではないことは、とても理解しづらい。
そして、防ぐことの必要性もよく分からない。第一、早期発見なら治せる病気だと書いてある。自分が他人に移して迷惑をかけるわけでもない。新型コロナだったら「私がワクチンを打たないと、大好きなおばあちゃんを感染させて死なせてしまうかもしれない」というような明確な切迫感を持てるだろうが、このワクチンにはそれがない。
科学的根拠として挙げられているデータのパーセンテージ(%)を忠実に見ていくと、回答者が主張していない残りの%への疑問がどんどん膨らみ、逆に混乱する一方なのだ。

加えて、ある程度重要性の高いワクチンであることを示す定期接種の対象でありながら8年にわたって勧奨を控えていたという経緯の説明は、まことにもって持って回っており、この辺りは大人であっても理解不能ではないかと思う。

先の2点について、もう少し詳しく上記のQ&Aを辿(たど)ってみてみよう。
その1、どうしてワクチンでがんにならずに済むの?という点。
当事者たちがAを真面目に読み込めば抱くであろう(少なくとも私は抱いた)感想を書いていく。

Q2. ヒトパピローマウィルス(HPV)というウィルスが子宮頚がんの原因になるんだって、 でもがんでもウィルスがいない人が10%? その人たちにワクチンを打つ意味は何?
Q4. 子宮頚がんは治療で早期なら治りやすいって、なら大事なのは、なっても早期発見ね。
Q5. 20代や30代でがんになるなんて恐い、若い人もなるがんなら予防は大切かも。子供は絶対産みたいし。40代がピークか、その後はどうなるの?
Q7. HPVは100種類以上? 1種類ではないんだ。その中に高リスク型がある。高リスク型って何? それ以外の85種類くらいはがんには関係なくてどうでもいいってこと?
Q8. 性行為をすると80%・・その前にワクチンで予防しておかないと感染しちゃうのね。
Q9. ん?? HPVに感染しても90%以上は自然に治る? だったらそれで大丈夫じゃないの?
・・とこんな具合。

その2、ワクチンで防ぐことの必要性。
Q10. ワクチンを性行為前に済ませておけば、HPVに感染しなくて済むんだ。 あと検診? 検診で早期発見できるのね。
Q14. 3回もするんだ。痛い注射3回、嫌だな・・。
Q16. え、ワクチンを受けてても検診は大切、なら逆に検診だけで良くない? ワクチンしても全部は予防できないなんて、がっかり。

さらにQ&Aは副反応の記載へと続く。
Q18. わー、副反応がいっぱい、恐い。何かテレビで騒いでたっていう車椅子とかの人たちはこの中のどれかしら、あ、「力の入りにくさ」と書いてある、ギラン・バレー症候群、これかな、何百万人に1回だって。まれなのね。
Q19. あれ、こっちにも「手足の動かしにくさ」と書いてある。「多様な症状」って何? 副反応とは違うの? 書いてあることがよく分からない・・。

Q&Aは対象者の親用で、大人向けにできているのかもしれない。
リーフレットは振り仮名もついてもう少し分かりやすい。
ウィルス感染から子宮頚がんになっていく過程が図示されており、世界の国々で高率に接種され、成果が出つつあること、有効性の試算やリスクの確率も書かれている。
これを見ると、日本が先進諸国の中で接種回数において遅れをとっているのは明白で、ことに産婦人科の専門家たちが歯がゆい思いを抱いているであろうことは、推測に難(かた)くない。
彼らは自分の娘や孫娘にも、積極的に接種を推奨するのだろうか。

私の意見は少し違う。
私は予防接種やワクチンと呼ばれるものは、もちろん個人の命や健康を守るが、まず第一義的には公衆衛生に利するためのものだと思っている。

そのターゲットは感染症であり、主たる目的は個人にその感染症の病原体に対する免疫をつけることにより、感染症にかかる人を減らし、個人が健康に不利益を被(こうむ)るだけでなく、同時にそういう人が増えていき社会が損なわれるのを防ぐことにある。
社会を通して人々を守る、それが公衆衛生だ。
そのため、病人に投与する治療薬ではなく、現在健康である人が病気にならないように投与される予防手段である。

このコロナ禍にある今日の読者は、これらのことを容易に理解されるだろう。
個人とともに社会の損失を防ぐために、新型コロナワクチンの開発は急がれ、健康な人に投与するがゆえに、その安全性には特段の注意が払われている。

HPVは、その中の高(ハイ)リスク型、低(ロー)リスク型、どの種類であっても、がん以外で命に関わることはまずない。
そういう疾患に対して「予防」接種が果たして必要だろうか。
これが社会全体のハイリスク型HPV感染を確かに減らし、ひいてはそこからがんに至る人数を減らすかもしれない。
だが、どれだけ多くの女性に免疫を与えても、人口の残り半数を占める男性は野放しだから、ウィルスを撲滅することはできない。
HPVは、9割以上の人がたとえ感染しても元々の免疫力だけで問題なく処理できているウィルスであるし、さらに悪いことには、一生のうちに何度も感染が起こりうる性質のものでもある。
これは純粋に推測だが、例えば思春期にこのワクチンを接種した女性は、妊娠出産期にがんで子宮を失うことを避けられるかもしれないが、25歳、30歳、35歳と年齢を重ねる頃にはワクチンでできた抗体の量が少なくなり、そこから性行為で感染して、中高年でやはりがん化することになりはしないだろうか。
その頃にはまたワクチンを再投与するのだろうか。

副反応のリスクは、接種回数に比例して増えると予想される。
他の国で2回接種の子宮頚がんワクチンが、日本ではなぜか3回とされたまま。
海外で2回接種にて有効というデータが出てきているというなら、少なくとも再開はまず2回でとするべきではないか。

個人にとっては、自分に起きた結果がすべてである。
もしも人生これからの10代前半で、ずっと健康だった少女が、何の病気でもないのに、急に手足が動かせなくなったりそこいら中が痛くなったりして、それが一向に治らなくなったとしたら。
「あの日ワクチンを打っていなければ」と思わずにいられようはずもない。

人間の死因として、がんは大きな一つではあるけれど、がんの中でも死因トップ3に入るわけでもないただ一つのがんを予防するために、全女性がリスクを冒して打つべきだという、これはそれほどのワクチンなのだろうか?
そうは見えない。

2021.11.  




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