NHK教育テレビの育児番組「すくすく子育て」の、2011年5月14日(土)放送分のテーマは、「肌のトラブル」だった。 ご覧になっていない方も多いと思うので、以下にその内容の概略を書いた上で、コメントしてみたい。 ◆ ◆ ◆ |
アトピー、湿疹、トラブルの多い子供の肌。 今日はお肌のさまざまな疑問を、すっきり解決しちゃいましょう。
(番組は、ネットで寄せられた質問を基に、
小児科医 子供の肌は?ー「未完成のバリア」
・アトピーの見分け方は?
湿疹の一種
・遺伝するか?
・市販のかゆみ止めは?
・小さい子にステロイドを使っていいのか
・保湿剤の適量は?
不足しがちな水分・油分を補い、バリア機能を正常化する 保湿剤さえ塗ればいいというものでなく、清潔も大事
ー出演者のうちの1組の親子が実験ー
<おすすめスキンケアの内容>
汚れや細菌をシャワーで洗い流す 清潔 子供たちには毎日保湿クリームを塗っているが、時々赤い湿疹ができる
<肌の水分量(モイスチャーチェッカーを腕に当てて計測)> ー実験終わりー
・かぶれた所にも保湿剤ぬっていい?
・乾燥した所だけ保湿剤を塗ってる、全身に塗るべき?
いっぱい使うとすぐなくなっちゃうんですけど
司会者(その子の肌を触りながら)すべすべさらさらですよ
・汗ばんでいても保湿は必要?
・日焼け止めは必要?
日焼け止めは、保湿剤のように肌にいいものではない
・虫除けスプレーはどう? 日焼け止めも虫除けスプレーも、使う場合は最小限に
・肌を内面から強くする方法があれば、教えてほしい
子供の肌はデリケート
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◆ ◆ ◆ 男女の司会者も優しい語り口で、番組は終始笑顔一杯で和やかに進んだ。
短時間でポイントを押さえた説明をしていくのは、簡単ではない。
なのに・・・。
そして医師の答えに患者側が納得して終わることも、既定事項だ。 そんな親たちは、主人公のようにもてなされながらも、その実、医師の主張を広報するためのさくらを演じさせられる結果になっているようにも見える。
*「アトピーの見分け方を知りたい」という質問に、 「乳児湿疹かアトピーかを区別する必要はない」という答え。
医師のように病気を診断してみたくて聞いている親など、いやしない。 「なんで必要ないのよ、区別してよ、うちの子はアトピーじゃないと言ってよ」と心の中で叫んでいることだろう。
もし私が聞かれた医師なら、「残念ですが、この時点ではまだ、長く続くアトピーかどうかの最終判断はできないんです。経過を見ていくしかないんです」と率直に答える。
限界があるという事実は、それに触れないようにしても、変わらない。
*「夏の汗ばむときも保湿は必要?」という質問に対し、
たくさん汗もかき、すでに充分しっとりして見える肌に、これ以上うるおいを足す必要があるのか?。
肌がうるおっていれば保湿は必要ないし、過剰な保湿は有害無益、と私なら考える。
*「保湿剤を、(皮膚が)乾燥している所だけに塗ってるが、全身に塗るべきなのか?」という質問への回答は。
乾燥して痒がる所だけに塗り、他の所も痒がるならそこも見てあげて、乾燥しているようなら塗る場所に追加すればいいのではないか?。 ここで、「いっぱい(全身に)使うとすぐなくなっちゃうんですけど」と食い下がり、「肌のトラブルがなければそこだけでいい」という確認の追加返答を引き出したお母さんは、私には痛快であった。
医師は指示するだけで済むが、実際にそれを行う母親はそのあまりの大事(おおごと)さに、「ほんとうにそこまでする必要があるの?」という疑いを肌で感じているのだ。
*「日焼け止めを、毎日した方がいいのか海などに行く時だけか」という質問。 返答は、まず日焼け止めは「肌にいいものでない」と強調、そのあと「でも1才過ぎて外出多くなれば」「塗ることになる」と続ける。
曖昧(あいまい)な上に、相反している情報。
「いいものでない」と言うなら、自らの責任で「毎日はやりすぎですよ」と明確に答えてほしい。
そんな問答の後、まとめで突然「最小限に」という言葉が出てくる。 私なら、「部活など屋外スポーツをするならその時は5月から10月は毎日でも、あとは日常生活ではつけずに、帽子や日陰や外出回避で対処しましょう」と答えたい。
ここでの解答にはもう1つ、おおいに疑問を感じた発言があった。
ここで言う「健康」な肌とは、何か?。
指導にそって、論理的に思考を進めれば、
これを矛盾と感じないで、とうとうと語り続ける医師の姿は、私にはまったく理解不能であった。
*「肌を内面から強くする方法は?」という質問。
皮膚は、外からつける保湿剤で作られるわけではない。
肌を内面から強くする方法は、ちゃんとあると思う。
それならそうと、「いえ、内面から強くする方法はないんですよ」とはっきり言明すればいい。
だれも「肌を外からこすって鍛えたい」などと質問してはいないのに、乾布摩擦を引き合いに出して、こすれば皮膚を傷つける、と説く。
今時、寒空に子供を裸にして肌をこすろうという強面(こわもて)な親など、探しても見つからないくらい稀だろう。
だが考えてみると、これは巧妙な話法のトリックと解釈できる。 ほんとうは疑問にきちんと答えてもらってはいず、違う話をされているだけなのに。 ◆ ◆ ◆ さあこのように、私が感じた、番組内の会話の違和感、患者の質問と医師の回答とのずれを、あげつらってみた。その奇妙さを、感じてもらうことができただろうか?。
回答の多くに、聞いた側にとっては肩すかしの部分がある。
それはきっと、医師たちの目的が、ほんとうは患者の疑問を晴らしてあげることではないからだ。
解答は全て、彼らが思う「正解」への誘導に他ならない。
番組冒頭から、「ちょっとしたスキンケアで驚きの効果が!」
その内容は、 さあ、いったいこれのどこが「ちょっとした」スキンケアだというのだろうか??。
ちょっとした、とは、簡単にできることを言う。
子供を洗って着せ替え軟膏塗りで、1回20-30分は掛かるだろう。
もしも、365日こんなことを続けていたら、それだけで母親は疲弊(ひへい)してしまう。
私は言いたい。
保湿が必要な根拠として、医師は、乳幼児の皮脂量が少ないというグラフを見せていた。 恥ずかしながら、私はこのようなグラフを見たのは初めてである。 皮膚科の教科書はもちろん、専門雑誌や学会報告でも、見たことがない。 たぶん私が不勉強で、技術の発達で得られた最新データなのだろう。 だが、こんなわかりやすい実測値の調査結果があるのなら、 ぜひ皮膚科の学会で大々的に報告・広報して、 情報を共有してもらいたいものだと思う。) けれど、注意してほしい。 これはアトピー児が健常児に比べてどうだというようなデータではない。 一般の乳幼児と一般の成人について調べたものであろう。
つまりこの少なさは、乳幼児にとっては「正常」な状態なのだ。
身長が伸びるのと同じように、大人になる頃には、自然と皮脂の分泌は多くなる。
番組で実験を実行する母親は、モイスチャーチェッカーでまず自分の肌の水分量を測定したあと、子供の肌を同様に測り、
実に不思議だ。
その親子の肌はいたって正常だということが分かっただけなのに、番組では、これは大変とばかりにおすすめのスキンケアに進む。
「こんなに効果が出た」というのが売りなのだが、その効果を出すことが必要だという根拠がどこにもない。
ここで、司会の男性の駄目押しの発言が出る。
司会の彼はもちろんアトピーでもなんでもない、健常人という設定だ。
というわけで、なるほど「おすすめスキンケア」が、当座の肌の水分量を増やしてくれるということは、番組内の実験が見せてくれた。
おすすめ作戦そのものが、「する意味がないよ」と告げている。
正常な値をいじって、異常に良い値にし、 当サイトの掲示板にも、それに関する書き込みがあった。 (掲示板データNo:449-458 2009年09月09日-20日)
「しょっ中洗い、保湿をたっぷり使い、炎症にはしっかりステロイド。 以下に書き込みの1つを、引用させて頂く。
ー
その結果、一番強いステロイドもきかなくなり、今では地獄のような脱ステを息子に経験させてしまっています。ーNo:454からー
彼らがこの番組を見たら、どんな気持ちになるかと、私は想像するだけで胸が締め付けられる。
次々と新しい赤ちゃんが生まれ、新しい親が誕生する。
医師の発言は、患者を振り回すに充分な力を持っている。
有史以来世界中で、小さい子供の体にこれほど何かを塗りたくり続けているのは、ここ数年の日本でだけのことである。
その介入が将来にわたっても吉と出るかどうかは、実はすすめている医師たちも、知りはしないのだ。
医師たちは、あたかも確立された正しい方法のように言うが、そうではない。
患者は、汗といっしょに体内の熱を外に放出することができないから、暑い季節や運動時には、熱がこもって体温が上昇し、生命の危険さえある状態になりうる。
そんな辛く危険な病気なのに、皮膚の外見が正常なので、病院でも見過ごされることもある。
治療はといえば、ステロイドを内服や注射でかなりの量を全身投与するぐらいしかない。 過剰な保湿の話を見るにつけ、私はこの病気のことを思い出す。
汗腺が未発達の幼小児の肌を、いつもたっぷりの保湿剤で覆う。
そんな状態で育った子の汗腺は、正常に成長発達することができるだろうか?。 おそらく私の杞憂にすぎないだろうと思う、そうであればいいと願っているこんな思いつきを、私は敢えてここに書く。 いくら安全性の高い保湿剤であっても、使い過ぎが思わぬ副作用を招く可能性は、否定できない。
最近皮膚科の外来で、わずか2〜4才くらいで、全身の大半の皮膚に、ステロイドを長期連用したための副作用である、毛細血管拡張や皮膚萎縮を起こしてきている子たちを見るのだ。
今からこんな肌になっていて、この子の一生はいったいどうなるのだろう?
みな、医師に出された薬を「しっかり」塗っている真面目な親の子。
これは医原病ではないのか?。 保湿剤にせよ、ステロイドにせよ、大量に薬を出したなら、医師はそれが適正に使われていることを、見届けなければいけない。 「炎症の部位にはステロイドを」と言うなら、しろうとである親が、炎症の部位とはどこかをきちんと判別できるように、指導をしなくてはならない。 私はいつも、(どの皮膚病でも)ステロイド外用剤を処方する時には、「赤くて盛り上がっている所に、はみださないようにつけて」「平らになって赤みがなくなったら、止めて下さい」と説明している。 それでも、次の来院時にお話を伺うと、「痒い所はどこでも塗ってました」と言う患者さんは沢山おられる。 幸か不幸かステロイドは、痒みを止める効果も強力なので、塗れば痒みが止まるなら、「よく効く痒み止め」と思って塗り続けてしまうのも、無理はない。 医師側がよほど注意していなければ、こういう使い方を防ぐことはできるものではない。 私は皮膚科医だから、ステロイドの副作用*が皮膚に現れているかどうかを一目見てわかるが、一般の人は(そしておそらくは小児科医も)気付くことは難しい。 (*ここでいう副作用とは、依存性・酸化コレステロールの蓄積・リバウンドの誘発・プロテアーゼを介したバリア機能の障害などではない。「局所の副作用」として、古くから皮膚科の教科書にも書いてあり、どの皮膚科医もあると認めている、皮膚の毛細血管拡張(細かい血管のすじが浮いて見える)」や萎縮(いしゅく;薄くぺなぺなになる)などのことである。) 副作用で毛細血管が広がっているのに、「赤いからまだ炎症が治ってない」と思い込んで、ステロイドを塗り続けてしまうかもしれない。 ステロイドの塗り薬とは、それほど扱いの難しい薬なのである。 効果ばかりを宣伝するのは、大変危険だと思うのだが、「効果で病気をねじふせよう」とばかりしている現在の医学界の風潮は、当分止みそうもない。 ある治療の利だけに目が向いて、害に盲目であってはならない。
指導的立場の医師が利のみを語るなら、害の可能性に言及する者がいなければならないだろう。
納得できなくても、どこがどうピンと来ないかを上手く説明することができないかもしれない。 気後れは当然だ。 この文章が、そんな患者の方たちの、心の行き詰まりをほどく一助になれば、幸いである。
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