新聞の医療記事 |
皆様ご存知のように、2010年11月9日-14日、朝日新聞の医療記事「患者を生きる」で、成人アトピー性皮膚炎が取り上げられ、「大人のアトピー」という記事が組まれた。
記事の内容は、権威の医師の提供する標準的ステロイド治療推奨物語を、ただ聞いて伝えているだけ。
ステロイド治療に限界や疑問を感じている患者たちにとっては、看過(かんか)できない内容である。 しかるべくして、朝日新聞の医療サイト・アピタルの読者ひろばには、患者たちによる、反論・異論の投稿がずらっと並んだ。
記者も驚いたことだろう。おそらく、感情的な体験談や質問程度の書き込みしか、予想していなかったのではないだろうか。
記者が追記を書いたのは、反響の大きさに対応せざるを得なくなったためと思われる。
それだけ批判のコメントがあっても(いや、あったからでもあるのか)、その後間もなく12月14-20日には、読売新聞で「ステロイドへの誤解を解き、適切なステロイド治療を」という主旨の、似たようなアトピー記事が組まれた。
現実とは、そのようなものである。
これによって、朝日新聞を購読していない人でも、誰でもアクセスして見ることができる。
何よりも、コメント承認という障壁はあるにしても、一般読者の生の意見が、そのままサイト内に掲載されるということが、驚きだ。
かくして、脱ステロイドのような非主流派の意見が、堂々とサイトに載り続けることになる。
脱ステロイド派の意見が真実を含んでいるのなら、分かる人には、ちゃんと分かる。
実は私にとっては、この朝日新聞「患者を生きる」の皮膚シリーズでは、「大人のアトピー」よりも、その後11月16-21日掲載の「ニキビ」のほうが、衝撃的であった。
我が目を疑った私は、すぐさま日本皮膚科学会作成の尋常性ざ瘡(=ニキビのこと)治療ガイドラインを確認せずにはいられなかった。 今まで行われてきている種々のニキビ治療を、過去の臨床研究論文というエビデンスから評価し、推奨(すいしょう)できる度合いを記したものであり、現時点での日本でのざ瘡治療の「標準」を示したものである。
それによると、 つまり、専門家が作ったガイドラインが「行うことは奨めませんよ」と言っている治療を、専門家自身がそれとわかっていてそれでも行っている、ということである。
一般の皮膚科専門医である私は、今だかつて、自分の患者にニキビ治療のためにステロイド内服を処方したことは、1度たりともない。
1皮膚科医として、私は怒りで身が震えた。
確かに、消炎効果は抜群で、線維芽細胞増殖抑制効果もある。が、薬が免疫を抑制するという観点からみれば、ニキビ箘の活動をより活発にもさせかねない、諸刃(もろは)の剣の治療である。
しかも、実は専門的でも何でもないのだ。
むしろ、それは禁断の果実であると知っているからこそ、それを使わずに、他の標準的な治療で対処するのである。
ところが、この記事の物語では、そうした善良な前医たちがみな、患者を治せなかった無能な医師にされ、ガイドラインを敢えて逸脱して成功した専門医が、患者を救った名医になっていた。 普通に、きちんと、正しく治療することの大切さを、一般の人たちに伝えたくて、新聞記事にするのなら、こういう事例は、絶対に選ぶべきではない。絶対に。
結局、ガイドラインを自ら(みずから)作った、その分野を知り尽くしているはずの専門家中の専門家にして、ステロイドの神通力に勝るものは、持っていないのだ。
このじゃじゃ馬を、必要とあらば上手く飼い馴らし、使っていかなければならないのが、私たち現代人なのである。
医療で起こる事象は複雑で、常に予想外のことや例外的出来事がつきものなのであり、患者を救うためには、医師は柔軟な対処ができなくてはならない。 ガイドラインとは、全体的治療水準を上げるために、標準治療を明確にするものであって、ガイドラインの示す標準およびそれ以外の治療法の、効果と副作用と適切な用い方を熟知している医師であるならば、状況によっては、この標準から逸脱する「医師の裁量」はあり、なのである。
だとすると・・・と、いつもアトピーとステロイドのことが頭から離れない私は、当然考える。
標準から外れているだけで、別に違反や罪になることをしているわけではない。 脱ステロイドをして、苦しみ続けている場合なら、ステロイドに戻らなければならなくなるかもしれないけれど、脱ステロイドでもそこそこの状態が維持できたり、しばらくしたら改善したりできているのならば、脱ステロイドをしていけない道理はないことになる。 ちなみに、アトピー性皮膚炎診療ガイドライン(2009年版:同様に日本皮膚科学会のサイトからダウンロードできる)にも、「本ガイドラインを参考にした上で、医師の裁量を尊重し、患者の意向を考慮して、個々の患者にもっとも妥当な治療法を選択することが望ましい」と書いてある。
しばしばガイドラインを根拠にして、アトピーの「正しい」治療というものが語られるが、
アトピー性皮膚炎診療ガイドラインから外れていることを、罪のように言われる筋合いはない、と言える。 別の病気ニキビを介してであるが、ガイドラインを制定した医師そのものが、そのことを身を以て体現してくれた、一件であった。
2010.12. |
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