新聞の医療記事





皆様ご存知のように、2010年11月9日-14日、朝日新聞の医療記事「患者を生きる」で、成人アトピー性皮膚炎が取り上げられ、「大人のアトピー」という記事が組まれた。

記事の内容は、権威の医師の提供する標準的ステロイド治療推奨物語を、ただ聞いて伝えているだけ。
なのに、それを単純に唯一の正解と思ってしまっているという、お粗末なものだった。

ステロイド治療に限界や疑問を感じている患者たちにとっては、看過(かんか)できない内容である。
一流新聞社の掲載する記事は、それ自体ひとつの権威であり、一般の人々が、当然正しい事実が書かれていると、受けとめるものだからだ。

しかるべくして、朝日新聞の医療サイト・アピタルの読者ひろばには、患者たちによる、反論・異論の投稿がずらっと並んだ。

記者も驚いたことだろう。おそらく、感情的な体験談や質問程度の書き込みしか、予想していなかったのではないだろうか。
しかし書き込みの多くは、自分や周囲の人の患者体験からスタートしているにも関わらず、アトピーを巡る状況全体を見渡す冷静な視点で、記事の視野の狭さを指摘するものだった。

記者が追記を書いたのは、反響の大きさに対応せざるを得なくなったためと思われる。
そしてその内容は、やっぱり、「ステロイドなしで良くなった」という患者たちの存在を無視した、権威の医師に依存した知識の受け売りでしかなかった。

それだけ批判のコメントがあっても(いや、あったからでもあるのか)、その後間もなく12月14-20日には、読売新聞で「ステロイドへの誤解を解き、適切なステロイド治療を」という主旨の、似たようなアトピー記事が組まれた。
患者や一部の医師がステロイドを避けたがっているのは、全て「誤解」の産物、で片付けられている。


やれやれと思うが、世の中、何と言っても専門家が強い。権威が強い。
そして、マスコミといえど、真実を暴き出す孤高の正義の味方になれるのはごく限られた場合であって、ほとんどの場合は、仕事として記事を書いている、一般の人なのだろうと、強く感じさせられた。
一般の人と同じように専門家の言いなりで、一般の人と同じように患者のことは他人事なのだ。

現実とは、そのようなものである。
ドラマのように、脱ステロイド派が大逆転、なんてことを、私は期待しない。
けれどそれは別に、絶望したり投げやりになったりしているのではない。


今回の件で、私が非常に面白いと思ったのは、紙の新聞のみならず、インターネットという新しい媒体も使ってなされた報道だったということだ。

これによって、朝日新聞を購読していない人でも、誰でもアクセスして見ることができる。
日にちが経っても、新聞社が公開を続けている限り、読みたい時にまた見ることができる。

何よりも、コメント承認という障壁はあるにしても、一般読者の生の意見が、そのままサイト内に掲載されるということが、驚きだ。
紙面であれば、スペースの都合から、模範解答のような1、2人の投稿を載せるのが精々だろう。
しかしネットなら、テキスト文書の容量など問題にならない程少ないから、大勢載せられる。
見る方も、新しい方からスクロールして拾い読みすればいいだけなので、不便はない。

かくして、脱ステロイドのような非主流派の意見が、堂々とサイトに載り続けることになる。
これは、非常に面白い。

脱ステロイド派の意見が真実を含んでいるのなら、分かる人には、ちゃんと分かる。
ただ、今までは、限られた人にしか発表の場が与えられていなかった。
誰でも発表できるとなれば、誰かが、そして誰もが、真実を鮮明に語るだろう。
思想操作の難しい時代になった、と言えるかもしれない。


そうしたネットの場の一端であるここで、私も、私の見つけたある真実、事実を語ろうと思う。

実は私にとっては、この朝日新聞「患者を生きる」の皮膚シリーズでは、「大人のアトピー」よりも、その後11月16-21日掲載の「ニキビ」のほうが、衝撃的であった。


記事に出てくる患者のニキビは、何をやっても治らず、延々と続く。
悩み苦しみ続けた末にその患者が見つけた光明とはいったい何だったのか、と興味を持って読み進めていたら、あろうことかそれは、専門医に処方された「ステロイド内服」! だったのである。

我が目を疑った私は、すぐさま日本皮膚科学会作成の尋常性ざ瘡(=ニキビのこと)治療ガイドラインを確認せずにはいられなかった。
この文献は、日本皮膚科学会のサイトから、PDF書類でダウンロードして見ることができる。

今まで行われてきている種々のニキビ治療を、過去の臨床研究論文というエビデンスから評価し、推奨(すいしょう)できる度合いを記したものであり、現時点での日本でのざ瘡治療の「標準」を示したものである。

それによると、
CQ16 ざ瘡(最重症の炎症性皮疹)にステロイド内服は有効か?ーの答えは、「推奨しない」 だ。
もう少し詳しく言うと、C2レベル、すなわち「充分な根拠がないので(現時点では)推奨できない(有効のエビデンスがない、あるいは無効であるエビデンスがある)」というもので、5段階の推奨度レベルのうち、下から2番目に当たる。

つまり、専門家が作ったガイドラインが「行うことは奨めませんよ」と言っている治療を、専門家自身がそれとわかっていてそれでも行っている、ということである。


なぜ?。
なぜ1例しかレポートしない記事で、このような極端な特殊な患者の例を選ぶのか?。
一般の人が、それを読んで「ニキビとはそういうものなのか」と思うだろうような、全国規模の一流新聞の記事では、それこそ標準的・典型的な経過をたどった例こそを、呈示すべきではないか。

一般の皮膚科専門医である私は、今だかつて、自分の患者にニキビ治療のためにステロイド内服を処方したことは、1度たりともない。
それほど、特殊な、例外的な、非常識的な治療なのである。 それを、なぜ!。

1皮膚科医として、私は怒りで身が震えた。
これを読んで、一般の人や軽いニキビの人が、「ニキビがひどければステロイドを飲めばいいんだ」と誤解してしまったら、どう責任が取れるというのだろう。

確かに、消炎効果は抜群で、線維芽細胞増殖抑制効果もある。が、薬が免疫を抑制するという観点からみれば、ニキビ箘の活動をより活発にもさせかねない、諸刃(もろは)の剣の治療である。
けれど、そんなことはどこにも書いてない。
「専門的」な、「特殊」な治療としか書いてない。

しかも、実は専門的でも何でもないのだ。
ステロイドの持つ幾多の作用が、時に奇跡的効果を示すことは、医師であれば誰でも知っている。

むしろ、それは禁断の果実であると知っているからこそ、それを使わずに、他の標準的な治療で対処するのである。
ガイドラインが、示す通りに。

ところが、この記事の物語では、そうした善良な前医たちがみな、患者を治せなかった無能な医師にされ、ガイドラインを敢えて逸脱して成功した専門医が、患者を救った名医になっていた。
ひどい話だ。

普通に、きちんと、正しく治療することの大切さを、一般の人たちに伝えたくて、新聞記事にするのなら、こういう事例は、絶対に選ぶべきではない。絶対に。


怒る一方で、天の邪鬼(あまのじゃく)な私は、なのにわざわざそれを選んだ理由をも、考えてみる。
件(くだん)の専門医の名誉欲だろうか?。いや、そうは思わない。
おそらくそれは、「専門家としての特殊性を示せる事例が、他になかった」からであろう、というのが私の推測である。

結局、ガイドラインを自ら(みずから)作った、その分野を知り尽くしているはずの専門家中の専門家にして、ステロイドの神通力に勝るものは、持っていないのだ。
より強い薬の衝撃的効果に依存するしかない、それが、西洋医学の可能性でもあり、限界でもあるのだと思う。

このじゃじゃ馬を、必要とあらば上手く飼い馴らし、使っていかなければならないのが、私たち現代人なのである。
飼っている気が飼われていることにならないように、またそのスピードに魅了されて、要らない時まで乗る癖をつけない様に、心していなければならない。


もう1つ、面白い点がある。
この記事の専門医は、確かにガイドラインが推奨しない治療をしたのであるが、実はそれはルール違反ではない。
ニキビ治療ガイドラインは、診療における多様な事態の存在を認め、「診療内容が本ガイドラインに完全に合致することを求めるものではない」と、はっきり書いている。

医療で起こる事象は複雑で、常に予想外のことや例外的出来事がつきものなのであり、患者を救うためには、医師は柔軟な対処ができなくてはならない。

ガイドラインとは、全体的治療水準を上げるために、標準治療を明確にするものであって、ガイドラインの示す標準およびそれ以外の治療法の、効果と副作用と適切な用い方を熟知している医師であるならば、状況によっては、この標準から逸脱する「医師の裁量」はあり、なのである。

だとすると・・・と、いつもアトピーとステロイドのことが頭から離れない私は、当然考える。
ニキビにステロイドを飲ませていいのなら、アトピーにステロイドをつけなくたって、いいじゃないか、と思う。

標準から外れているだけで、別に違反や罪になることをしているわけではない。
標準から外れただけで、間違いや誤りだということにはならない。
状況によっては、標準から外れる必要があることが、医療にはあるのだ。

脱ステロイドをして、苦しみ続けている場合なら、ステロイドに戻らなければならなくなるかもしれないけれど、脱ステロイドでもそこそこの状態が維持できたり、しばらくしたら改善したりできているのならば、脱ステロイドをしていけない道理はないことになる。

ちなみに、アトピー性皮膚炎診療ガイドライン(2009年版:同様に日本皮膚科学会のサイトからダウンロードできる)にも、「本ガイドラインを参考にした上で、医師の裁量を尊重し、患者の意向を考慮して、個々の患者にもっとも妥当な治療法を選択することが望ましい」と書いてある。

しばしばガイドラインを根拠にして、アトピーの「正しい」治療というものが語られるが、
 ガイドライン=正しい治療 ではなく、
 ガイドラインが認めていない=間違った治療 でもない。

ガイドラインは法律ではない。指針、つまり目安に過ぎない。

アトピー性皮膚炎診療ガイドラインから外れていることを、罪のように言われる筋合いはない、と言える。
害も益もきちんと分かっていて、益が上回ると判断しての裁量であるならば、それでいいのである。

別の病気ニキビを介してであるが、ガイドラインを制定した医師そのものが、そのことを身を以て体現してくれた、一件であった。

2010.12.  





  トップページへ