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若かった頃、学会や学会主催の講習会を、食い入るように聞いた。 有能な皮膚科医になるための、貴重な勉強の場として。 正しい診断、より良い治療のできる医師になりたくて、病気や治療の詳細な知識も、新しくわかってきたことも、少しでも多く自分の中に取り込もうとしていた。
そんな頃受講した、皮膚科学会主催の皮膚癌に関する講習会で、忘れられない衝撃をおぼえたことがある。テキストの抗癌剤治療のリストの中に、すでに使われていない処方が、重要なものの1つとして入っていたのだ。
理由はおそらく、講師陣の1人にその処方を考案した大家がいらしたから。
そのとき学んだのは、学会もまた、人のわざだということ。
専門分野における臨床研究の最先端にいる人たちだからこそ、一般の医師が学ぶ価値のあることを話してくれる。
学会という所には、いつでも最新の、最高に正しい情報があると、誰もが期待する。
彼らは、少しずつでも「それは知らなかった」と聴衆がうなるような目新しい話題を加えていかなければならない。つまり何かしら、今までと違う方向性を打ち出していくことをいつでも要求されていることになる。
発表としてまとめるために、彼らは新知見に解釈を加える。理論的裏付けとなるような論文や報告が見出せれば、それも利用する。そして全体を、聴衆の受け入れやすい1つのストーリィに構成する。
彼らの構築した理論展開が、学会を覆い尽くす。聴衆はそれに従う。 理論がほんとうに正しかったかのかどうか・・・それは、後の世にならなければわからない。
そのなかで、眼に見える皮膚病変がなくなっても、TARCという新しい検査の値が正常化するまでステロイド外用剤を減量すべきでないとか、reactive(反応性;発疹が出たら対応)でなくproactive(順行性;先を見越して)な治療をとして、見た目は治まっていても炎症は残存しているから、週2回程度のステロイドやプロトピックの外用を続けるべきとかいった、新しい方向性が出されている。
小児科学会でも、数年前から食物アレルギーへの経口減感作療法の試みが進められていること、石けん使用で形成された小麦アレルギーが問題になったことを背景として、「口から摂ることはむしろ免疫学的寛容へ促し、皮膚から吸収される抗原がアレルギーになる原因なのだ」とする説がすっかり主流になっている。
いずれも、過去の治療とは著しい様変わりだ。
いくら今までの治療で十分治せなかったからといって、いくら希望の持てる新しいやり方が必要だからといって、ここまでの方向転換にはついていけない。 湿疹が軽微になったら、もう週2回くらいの外用にとどめておきましょうという論法ならわかるが、すっかりどこにあったか分からないくらいになってもなお間欠的に外用ステロイドを続けるのは、塗り過ぎになる危険をはらむ。
また、皮膚から吸収されて体内に入った抗原のためにアレルギーとなることがあるからといって、消化管からの吸収がアレルギーを生じないという根拠にはならない。
「湿疹が消えたらステロイド外用は止める」という指導が、問題だとされ、ひどい食物アレルギーを持っていても、食べてもいいのかと思わせるような指導が正しいとされる。
確かに、なかなか治らない病気では、医師も大変だ。 ところが、学会で専門分野に優秀な先生方は、正しい治療を啓蒙すべき指導的立場にあるという意識も強いから、「自分の見つけた新しい治療法」イコール「これからの正しい治療法」という認識になりがちなように思う。
新しい考えを教えて頂けるのは大変ありがたいのだが、一握りの専門家の一時の考えですべての医師を管理しようとされるのには、閉口する。
難しい病気においては、画一化した治療で、どの患者の治療も同じ方向性に統一させようとするのは無理だと思う。
2013.2.
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