この20年を概観



ファブリーズのたっぷりスプレーされた蒲団や枕を、
松岡修造がうれしそうに抱える。
匂いがついて夜まで抜けない服をヒラヒラさせて、
石原さとみや柴咲コウが自慢げに歩く。
企業は、売りたい製品に付加価値があると、
大衆に喧伝(けんでん)する。

インフルエンザがこわいからと、一般人の手洗いにまでアルコール消毒。
まな板に菌がいるからと、強い洗剤をまぶしたり浸したり。
多用される化学薬品、ほんとうに安全と健康のためになっている?
この20年ほどのあいだで使用の減った化学物質といえば、建築材料で規制がかかったホルムアルデヒドくらいではないだろうか。

ファミレスのジョナサンに行ったら、トイレの流す水が泡ぶくぶくの洗浄液になっていた。
水面は一面泡で覆われ、自分の排泄物すらとたんに見えなくなる。
勘弁してほしい。
どれだけ生活を薬漬けにすれば、気が済むのか。

火が出なくて安全安心と、高齢者・女性・子供に勧められたIH電磁調理器。
オール電化はマンション建築業者にとって、ガス管配置が要らないというおいしい話。
善良な家庭の主婦が、桁外れの大量電磁波を間近に浴びる犠牲者となる。

当院にいらしていたある電磁波過敏症の方は、このIH調理器を設置して約3か月で発症。
下の階で予約録画のスイッチが入ることにも耐えられないほどだった。

誰でも乗る、必須の交通手段である電車。
でも今や電車に乗れば、都市では大半の乗客がスマホかタブレットか携帯ゲーム機のどれかをいじっている。
本や雑誌や新聞を読む人など、見つけるのが大変なくらい。

見えない電磁波が飛び交う中で生きる私たち。
テレビもパソコンも電子レンジも必需品。
大量の電流を運ぶため、高圧線が貼り巡らされ、
無線情報伝達がつながりやすくなっただけ、携帯基地局も増えた。

身の回りの化学物質も電磁波も、想像を超える勢いで増えている。
その中で、化学物質過敏症、電磁波過敏症になったり、アトピーを含め治りにくい体調不良に苦しむ人たちと日々向き合っている私。
現状を嘆かずにはいられない。

私たちはあまりにも、利益と快楽を求めている!

収益を挙げなければ収入がなくなって生活ができないし、
誰だって辛いことより楽しいことの方が好きだから、
この傾向に歯止めをかけることは難しい。

だから、アレルギーになる人は増え続ける。

自分だけが懸命にアレルゲンを避けても避けきれず、
検査をしても見つからない悪化因子は見過ごされ、
薬で症状を抑えて何事もなくふるまうことを強要される。
その方向性を拒否すれば、村八分。

化学物質過敏症の子の母が、周囲の人に香料入り日用品を使わないようお願いしたら、頭がおかしいと思われて精神科に措置入院させられた。
そんな話を患者団体会報誌で読んだ。

平穏に暮らしていくには、黒を白と自らに言い聞かせ、大人しくしているしかないのか。
それも1つの生き方。
でもそれではどうして限界値を超えてしまい、暮らせない、生きていけない状態になってしまう人たちが確実に増えているという事実がある。

かれこれ20年くらい前、深夜の「ドキュメント'○○(○はその年の年号)」という番組だったと思うが、重症化学物質過敏症の人を取材した回を見たときの衝撃は、今も忘れられない。

ある患者の1人暮らしの小さな部屋には家具1つなく、壁の全面がアルミホイルで覆われ、友人の電話番号はアルミホイルを押し凹ませて書き付けてあった。
家に臭いを持ち込まれないよう戸外でインタビューに答えていたが、その間も空気中の化学物質で息が苦しい。

また別の患者は、テレビのリモコンを持つことすらできなくなり、夫の留守中に自死してしまった。

自分がアトピーで、家から一歩も出られず、痒み痛みと闘うだけの日々を過ごしていた頃、これを見た私は上には上があると知り、自分の苦しみなど何ほどのものぞと思ったものだ。

「かびんのつま」という漫画が最近出版されている。
光過敏、熱過敏症状にはじまり、化学物質過敏症、電磁波過敏症がどんどん重症化していく様子をつぶさに描いている。
読んでいて、あまりの壮絶さにショックを禁じえない。

ドキュメントのときと事態は何も好転していないと、強く感じた。
商品を開発する人、作る人は皆、この漫画を読むべきじゃないだろうか。


アトピー性皮膚炎を巡る事情も、変わったようでいて、そうでもない。

タクロリムス(プロトピック)軟膏の出現で、
特に顔の湿疹をコントロールできる余地が広がったのは事実。
内服シクロスポリン(ネオーラル)も適応となり、
激悪化をかわす一手となった。

新規に検査できるようになった血液中のTARC(タルク)値という、
炎症鎮静の数値的目安もできた。

保湿剤が多用されるようになったのは、
その分ステロイド外用を減らせるとすれば、いいことなんだろう。
でもその一方、皮疹がよくなってからもまだ週1-2回ステロイドを外用する、プロアクティブ療法なるものも推奨されたりして。

フィンガーティップユニット(FTU)という外用量目安を示したり、
軽快してからも保湿剤外用や、抗アレルギー剤内服を続けるなど、
薬の使い方を巡る工夫はいろいろと出てきた。
けれどもその有効性は医師側が思うほどではないかもしれない。

いろいろ違うやり方を言われたとしても、結局のところ患者は、出された分だけのステロイドを、自分の気になる辛いときに使うだろう。
薬とは、そういう時のためにあるものだから。

難治の場合には専門医の裁量で、皮疹をしっかり抑えるために標準より強めのステロイド処方を是とする指導的医師も出てきている。
重症者が増えている現実を反映していると言えないか。

無節操なステロイド外用はある程度規制されるようになったかもしれない。
だが、ステロイド外用剤頼みのアトピー治療であることに変わりはない。

軽快した結果ステロイドゼロまで行き、その状態を保湿だけ(あるいは何もなし)で何年も維持できるのでない限り、やっぱり皮膚科医はアトピー患者に、ステロイド長期外用のリスクを与え続けていることになる。

とはいえ、ステロイド=悪という1990年代の単純な図式では事は解決しないことも分かってきた。
脱ステロイド後の経過に疲れ果て、ステロイド再使用に戻る人もいる。

重症成人アトピー患者たちは、塗ってもひどい、塗らなくてもひどい。
かくして個々の患者は、自分の生活が破綻したときにしていたことの逆に、活路を求める。
長い人生、行ったり来たりとなるのかもしれない。

ステロイド忌避、ステロイド恐怖症の問題が、皮膚科学会で危機的に語られることは少なくなった。
だがそれは、皮膚科医の患者教育の成果というよりは、現状を知り賢明となった患者が、無駄な衝突を避けているだけではないのだろうか。

インターネットなどの情報網を通じて、アトピーの病像も、薬の利点・欠点も知れわたった。
学ぶ気さえあれば、たいがいの知識は手に入れることができる。

どうにもならなくならない限り、ステロイドに頼りたくない患者は、ステロイドに頼りたい医師の所へは行かない。
皮肉な話だが、本来病気を治す場所であるはずの病院・診療所という場所に、現れてこない。
特にアトピー専門を自負するステロイドへビーユースの皮膚科には。

けれど潜在的には、ステロイドをできれば使いたくないという需要は、決して消えていないのである。

ステロイドを長期連用すれば、少なくとも皮膚萎縮、毛細血管拡張、血管壁脆弱化(ぜいじゃくか)といった局所の副作用は必ず生じてくる。
一方、即効性がある外用剤は、ステロイドとプロトピックだけ。
だからいつも皮膚科医は、毒をもって毒を制しているのだ。


便利と背中合わせの危険に満ちた現代のこの世を、
大過なく渡っていくために、
居場所や役割や生きがいを見つけ、
それらを日々行い果たし維持しつづけ、
いくばくかの楽しみや幸福を感じつづけていられるために、
あなたはどんな選択をするだろうか。

私はといえばひきつづき、ノンステロイドで過ごせている。娘もそうだ。
そして私の役割とは、既存の医療で救いを得られず、行き場をなくしている人たちと向かい合いつづけることだと思っている。
1人でも多くの患者さんの役に立てる自分になれるよう、来年もまた修練を重ね、命がけで働いていきたい。

2015年もどうぞよろしくお願いします。

2014.12.31.  

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