新社会人の憂鬱





リクルートスーツが目につく、春の日。

空前の不況の中での就職は、実に厳しいものであるに違いない。
4月も半ばを迎えて、リクルートスーツで歩く集団は、晴れの入社式か、はたまた研修に向かう道すがらか。

からくも入社を果たした喜びもあろうが、その後にあるいは会社が潰れやしまいか、業績不良のために解雇されはしないか、と不安を抱えながらの船出であろう。

彼らの正装は、男子も女子も、白いシャツに黒のスーツ。
靴も黒、鞄も黒の、飾りのないデザイン。

1人として違わぬそのいでたちは、集団になると異様にすら見える。
しかし彼らに、選択の余地はない。
身だしなみも整えられぬ者として会社に見切られたら、それでおしまいなのだから。

黒が選ばれるというのは、やはり時代の暗さを反映してのことなのだろうか。
先の見えない不況の閉塞感の中では、紺や灰色ですら、浮(うわ)ついた色に映るのかもしれない。

しかし、と思う。
アトピーの患者にとっては、この趨勢(すうせい)は困ったことだろう。

顔・頭・首に皮疹が出ている者は、どうしても、肩にフケのように皮膚の角質が落ちる。
頭や顔を洗った、その直後から、一日中止まること無く。
黒地に白いフケは、少量でも非常に目立つ。

痒みの苦痛、赤みの恥ずかしさ、そして皮の落ちるみっともなさ。
外から見える部の、アトピー肌のつらい症状。
それが、さらに増強される形となるのだ。

赤みもまたつらい。
就職試験で、入社して配属されて、さらに取引先や顧客に接するようになってと、新しい人々との出会いの度に、自分の赤い顔をどう思われるかという懸念が、ストレスになる。
どうして、みんなきれいな顔をしているのに、私だけこんななのだろう?。
どんなに割り切ろうとしても、時にみじめな気持ちが襲う。

浸出液が出ていれば、さらに恐怖だ。
白いシャツの襟(えり)は黄色く染まり、独特の臭いすら発するだろう。
それを周りの人に気取(けど)られたらどうしよう?。

掻き傷から出る血も、白いシャツに赤く付き、茶色いしみを残す。

ワイシャツにネクタイやリボンタイという格好は、本当に大変だと思う。
ボタンを一番上まできっちり留めて、指1本ほどしか入らない首周りにしないと、だらしなく見えてしまうスタイル。
襟が首の皮膚にこすれて皮膚を刺激するし、何より、痒くなった時に手を入れて掻くこともできない。

おそらく、大概のアトピー患者は、きちんとした格好をすることがかなり苦手であるだろうが、それにはちゃんとこうした理由があるのだ。
きちっとした服装は、それとの対照として、荒れた皮膚を際立たせてしまうようにさえ感じられるのは、病人のひがみであろうか。

とにかく、外見が問題にされ重視される状況というのは、アトピー患者にとって、つらい。

勝手な私は、どうにかこうした窮屈な思いをすることを極力回避して、この年まで生きてきている。
しかし、企業への入社を望む現在の若者の多くは、この逃れ難い現実に直面しているのだろう。
本当に大変なことと思う。

それでも、状況が変わるまで、なんとか頑張るしかない。
新人の皆さんの健闘を、心から私は願う。
そして挫(くじ)けないこと、力尽きないことを願っている。

今の苦闘の先に、きっと、彼らの生きたい世界があるはずだ。
社会人としての人生が、生きた甲斐のある仕事や出会いが、必ずあるはずだ。
どうか負けずに、そこに辿り着いてほしい。

現実の問題はおそらく、服装だけにとどまらない。
飲酒しつつ夜遅くまで過ごさなければならない新人歓迎会は、顔が赤くなるし、疲れて翌日の皮膚や体調に差し障る。
新人に課せられるだろう掃除・お茶汲み・ダンボール運びなどは、指の皮膚の症状を悪化させるかもしれない。

いつの世も、社会とは無理解なものだ。
それを変えていく努力も必要だが、今あるそれに打ちのめされない強さや、かわしていくしなやかさもまた、人間としての資質である。

試練に耐えて、皆が心の内に持っている豊かなものが、花咲く日が来ますように。
祝福のエールを心でささやきながら、私は、黒白のスーツの背中を見送る。

2009.4  

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