[「奥さん」「ご主人」という呼称]


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買い物に行った店で、不意に「奥さん」と呼びかけられ、びっくりした。

こんなことでいちいち別に引っ掛かりを感じる必要はないのだろう。
しかし思ってしまった。え・・、奥さん・・・?。
そうか、私は奥さんなのか・・いや、そうだろうか?。


私は離婚しているので現在独身である。よって奥さんではない。
しかし、どうもこの呼称は、ある程度年齢のいった成人女性一般を指すものらしい。

仕事を依頼した業者に、やはり奥さんと呼ばれる。
私に夫がいないことを知っても、そう呼ぶ。

何故夫がいないのか(死別したのか、離婚か、あるいは長期出張などかも)はプライベートだから詮索すべき事柄でなく、よって独身だという確信が持てないでいるのだとすると、奥さんという呼称は無難なのかも知れない。
男性に対して、ご主人と呼ぶのと同じだろう。

つまりは、他に適当な呼び方がないのだ。


家や結婚制度に基づく呼称はあるのに、個人を表すそれがないとは、面白いことだ。
そういう呼称は、必要とされなかったのだろうか。

「〜さん」と名前で呼べば済んだということなのか。
人生の選択が多様になり、個人としての存在で測ることが多くなった時代となって、はじめてそれが必要となってきているのだろうか。

英語でも、成人女性の既存の呼称Miss/Mrs.に対し、婚姻の有無を問わないMs.が、用いられるようになってきている。
制度の枠で個人を色分けすることは困難になり、実状にそぐわなくなっているのだ。


私が、奥さんという呼ばれ方に強い違和感を感じるのは、第一に、それが妻という意味を内包した言葉だからである。
妻でない人にその言葉を使うのはおかしい。

さらに感情的な問題ではあるが、私の中に、結婚生活に成功しなかった自分は、それを着実に維持している女性に劣るというコンプレックスがある。

女の未婚(離婚後も含めて)が既婚に劣るというのは、男社会の世俗通念にすぎないのかもしれない。
それでも、奥さんと呼ばれることは、その度に、奥さんになれなかった自分の過去を思い出させてしまう。


また第二に、それは「主人」に対する「奥」という、夫婦間の男性優位を具現する言葉だからでもある。

主人という夫の呼称に抵抗を感じる女性は少なくない。
愚妻という言葉はあっても愚夫はない。
結婚という制度の中に入ると、男社会のジェンダーに直面する機会が多くなる。

例えば結婚する際私は夫の希望で常勤をあきらめ非常勤で働くことにした。
すると社会保険は受給できす国民健康保険になる。
そしてその私の国保の保険証は、世帯主であるという理由で、加入していない夫の名義で届くのである。
−こういう不条理に繰り返し接していると、おのずとこだわるようにならざるをえない。


皮肉にも夫を失ったことで、私はこうしたジェンダーの問題の多くから解放された。
しかし本来は、制度や社会の方が変わることで解放されるべきであろう。


名前で呼んでもらうのが一番快適である。
(その、自分の存在を表す根源である名前さえ、多くの場合結婚により変えなければいけないのが現代日本女性である。
妻の事情を尊重し、自分が姓を変える勇気を持つ男性を実際私は尊敬する。)

しかし社会では、名前を知らない・覚えない程の浅い関わりも多い。
適当な呼称が生まれてくれるといいと願う。

「おばさん」「おじさん」もいいのだが、敬意がなさすぎ、親しい人以外には使い難い。
いい言葉はないものだろうか。


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