ポテトチップスの袋が、白黒印刷になる。
日々明るく多彩な映像に囲まれている私たち、現代日本人にとって、それはどれほどの驚きか。
最初に見たときは、正気かと思うほど、びっくりした。
そんな暗い色のパッケージでは、中身までおいしくなさそうに見えてしまうではないか。
しかし、何度も見ているうちに、次第に慣れてきた。
考えてみれば、今では4Kだなんだと言っている色鮮やかなテレビも、そもそもの始まりは白黒だったのだ。
パッケージを多色印刷するには、まず白黒印刷してから、色を載せていくそうである。
そんなことさえ、今まで自分は知らずにいた。
クリアで美しい映像の恩恵に浴しながら、そのために何が消費されているかに考えが至ることはなかった。
現実世界が多色なのだから、カラーが当たり前だと思っていた。
でも、そうではなかった。
私たちがきらびやかな色彩を楽しむために、消費されているものがあったのだ。
ほんの何十年か前まで、日用品類、物を入れる容器などは普通、洗浄や運搬の手間をかけて、同じものが反復して使われていた。
だが石油化学の目覚ましい進歩により、手軽で安全な新品を、どんどんと使い捨てられる世が到来した。
今や私たちの日常のあらゆる場面で利用する製品の多くが、さまざまな加工の容易な、プラスチックや合成樹脂や有機溶剤なしでは成立し得ないものへと、置き換わっている。
もはや私たちは、これらの用具のない生活に戻ることはできないだろう。知ってしまった便利で豊かな生活は、捨てられるものではない。
ならば、できるところで努力をするしかない。
私も含めて多くの人が目をつぶりたいことだと思うが、石油資源は有限であるだろう。
今起きていることは多分、予行演習の機会なのだ。
ホルムズ海峡が復旧する日がたとえ来ても、掘り出す原油自体が枯渇してくる日はいつか訪れる。
温暖化も進行する。
地球は、老年期にさしかかっているだろう。
私たちは、限りあるこの地球上の環境を、資源を、少しでも余計に長持ちさせる努力を払わなければならない。
毎日を暮らす中で私たちは、いろいろなものを費(ついや)し、かつまた一方で生み出している。
まだまだ、無理なく浪費を抑えられる所は、ありそうではないか。
人生の楽しみを捨てるのではなくて、
自己実現を諦めるのでもなく、
商売を滞らせて、耐え忍ぶのでもない。
ただ、自分の欲しいものを取るときに、その後に他の人の取り分が残るかどうかを、意識する人間でありたいと思う。
地球上で最も賢いとされる人間の知恵は、その母なる地球の寿命を伸ばすためにこそ、使われるべきであろう。
2026.5.