[アトピー性皮膚炎治療にまつわる訴訟]




とうとうこの日が来た。

アトピー患者のステロイドからの離脱を指導し治療した皮膚科医が、患者家族から訴えられ、敗訴した。



連用されたステロイドからの離脱は、離脱症候群(withdrawal syndrome:いわゆるリバウンド)という、実に激しい症状の悪化を引き起こす。

しばしば社会生活が全く営めなくなる程の、いつ終わるともしれない広範囲な皮膚症状の悪化、高熱などの全身症状、合併する感染症・・これでもかと次々患者に襲いかかり、長期に渡って続くそれは、「人間の想像を超える」ひどさだとつくづく思う。


それは、患者と家族の「想像を超える」

あまりにひどいので、しばしば患者は乗り切ることができなくなってしまう。
覚悟して始めても、予想を超えた大きな苦痛が長く続けば、耐え続けることはとても難しい。

他に手がないならどうしようもないが、一方に、外用すればとにかく取りあえずは楽になる薬があるのだ。

乗り切れなければ、望んでいた健康体は手に入らず、ただ一時苦しい思いをしただけに終わるとも云える。
その行き場のない思いが、ステロイドを止めることを勧めた医師への恨みに変わっても、不思議はない。


そしてそれは、裁判官の「想像を超える」

だから裁判官も、そんなにひどいことが、一つの薬を止めただけで起こるとは、信じられない。
いきおい、他に何か原因があるはずだ、その時使っていた薬のせいでしょう、という判断になってしまうのも無理はない。

何の薬も使わずに離脱の経過を見ていたら、どういう判断が下されただろう。
その場合は、必要な薬を投与せず、治療を怠った責任を問われるのだろうか。
どう転んでも、被告の立場は苦しい。


さらにそれは、医師の「想像をも超える」

今回の悪化が離脱によるものではないと判断された背景には、当然「アトピー性皮膚炎患者に於けるステロイドの離脱症候群とはどういうものか」という、専門家たる皮膚科医の知識と見解があるだろう。

しかし、彼らは本当に離脱症候群を知っていると言えるのだろうか?という疑問を、私は持たざるをえない。

彼らは、離脱症候群で患者を苦しめてはいけないから、ステロイドを急に止めてはいけないと言う。
また、症状が悪化した時には、患者の生活の質を保つために、すばやく強力なステロイドを使って火事を消すように症状を抑えるべきだと言う。

ならば彼らには、離脱症候群の全経過を目にする機会は無い。はじめて自分の目に触れた時点で、ステロイドを使ってそれを止めてしまうのだから。
彼らは、その本当のひどさ・悲惨さを知ってはいないし、多分知りたくもないのだと私は思う。


離脱症候群がどのような経過をとり、そして終息するかどうかを知っているのは、その経過を最後まで見据えた者だけである。
すなわち、みずから耐えて乗り切った患者と、それを援助し続けた医師だ。

その患者と医師にしてさえ、自分の見た限られた症例の経過を知るのみだし、その症例の今後の経過がどうなっていくか、そこに長期ステロイド外用の影響が出るのかどうかを知っている者は、誰もいない。

離脱症候群の全貌は、まだまだ明らかになっていないと云っていいのではないだろうか。


そんな中での治療は、ある程度手探りになることをまぬがれない

現状がまだそれが充分にできる段階には達していなくても、現実に離脱の援助を志す医師は、その激しさの程度や期間を的確に予想することを患者から期待される。

治療に携わる以上、医師はある程度の見通しを立てて患者に示さなければならないし、また苦難を乗り切る気力を与えるために、患者に希望を持たせて励ますこともしなければならない。

予想外に離脱が軽かった場合は万々歳だが、逆に予想を大幅に超えて激しかった場合は・・・

今回のような不幸なすれ違いは、いつでも起こりうる。




こうした訴訟は、長期に渡るステロイド療法からの離脱の、想像を超えた激しさが生む、必然的な帰結なのだろうと思う。

心ある医師と患者がどんなに努力しても、これからも、類似の事件は起きるだろう。


ステロイドからの離脱に耐える患者も茨の道であるが、それをサポートする医師(主に皮膚科医)もまた、茨の道を行かねばならない。

迫害され、恨まれ、しかしそれでもステロイドに頼らない医師は増えるだろう。

それは、インチキ療法で金儲けをするため、ではない。
医師として患者に接し続ける中で、長期ステロイド連用の末にある破綻を、否定しようのない現実として認識してしまったからだ。


ステロイドからの離脱症候群が想像を絶する程ひどいなら、そんな危険のある薬は使うべきではないという発想は自然ではないだろうか。

はじめから使わずに済ませることを考え、既に連用してしまっているなら、可能な限り早くそれを、止める。

患者の苦しみを望まないからこそ、一時の苦しみを強いなくてはならないという矛盾に、医師は耐えなければならない。
そしてこの矛盾をさらに生じさせないために、日々努力するしかないだろう。


今回の判決がもし確定され判例となってしまえば、脱ステロイドを志す患者と医師にとっての、新たな大きな逆風となる。秀逸なプロパガンダだ。
しかしそれは流れを遅くすることはできるだろうが、止めることはできないだろう。

真実はどんなに押し殺しても、必ずどこかから顔を出す。

2004.6.  



  ●追記●

この訴訟は、その後被告が控訴し、2005年2月7日二審で和解が成立した。
一審判決が確定されず、効力を持たなくなった結果を、ともかくも喜びたいと思う。

一審の結果を知って、その中で採用された専門医意見書の妥当性に疑問を抱く医師たちと、治療の選択肢が狭められることを危惧する患者たちが、二審での被告を支援し力となった。

患者と医師の訴訟という争い自体は不幸なことであり、和解による早期解決は、望ましい結果であったと思う。

この上は、患者の予後の良からんことを、祈るばかりである。

2005.2.  

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