私のアトピー性皮膚炎がどん底の状態にあった1990年代後半は、いわゆる「脱ステロイド」が声高に叫ばれた時期だった。
アトピーの湿疹の炎症に確実に効くのは、外用ステロイドとタクロリムス(プロトピック)軟膏しかなかった時代だ。
この停滞期は長く続いた。
やがてアトピー患者ではリンパ球のTh1/Th2バランスがTh2細胞の方に傾いていることが見出され、さらに2010年頃にはそのTh2炎症を促進する体内物質として、IL-4、IL-13というキーワードが登場した。
その後さらに数年余りを経て、薬として現実のものとなったのが、抗IL-4/IL-13レセプター抗体であるデュピルマブ(デュピクセント)である。
それからは、同様にアトピーの免疫炎症進行機序の中からブロックする対象を選んでは、さまざまな抗体製剤が作られた。
こうした変化のため、ステロイドとタクロリムスしかなかった時代と比べると、脱ステロイドという思想は、力を失ってきているかもしれない。
かつては医療側が反脱ステロイドのキャンペーンに必死であった時期もあったが、今ではステロイド忌避は、新規アトピー薬へ患者を誘導する、むしろ格好の説得材料にすらなっている。
曰(いわ)く、「この薬はステロイドではないですからね」
(だから是非使ってみてくださいね)
(なんだ、じゃあ怖くない薬なのね、安心して使おう)
・・という具合。
思うに、脱ステロイドというアンチテーゼは患者にとっては、中等症や重度のアトピーに実のある治療効果を出すことができない、そしてできないのにできるような顔をしていなければならない皮膚科医らに対する、不満の表出であったのだろう。
出されたものを言われた通りに塗っているのに、辛い日々が続く。
あまつさえ、副作用まで出てくる。
医者へ行けば、生活や薬の管理が悪いように言われる。
自分以上に不摂生をしている周囲の人は、あんなにつやつやの肌なのに。
西洋医学は、外科的には悪い所を除いたり置き換えたりして消失させ、内科的には不足を補い過剰を叩くことで、病気を治そうとする。
完璧に取り除かれたものは復活しないが、叩くだけの治療は、中止後に再燃しても不思議はない。
新薬が良く効いたとして、患者は次に、「どこまでこの平和な日々が続くのか」に悩むのだ。
時代は、新しいステージに入った。
医師も患者もそれに適応していかなくてはならない。
そうだとしても。
皮膚科学会内の教育講演の多くが、「新薬の使い方や使いどころ」の話で占められ、
製薬会社が自社の「新薬を喧伝」するWEB講演会が、それこそ毎週のように催され、
皮膚科専門医認定試験にまで、「保険適用や薬価」という病態外の問題が出される
に至っては、さすがに心配になってくる。
将来の皮膚科専門医は、例外的な高度な薬の使い方はよく知っているが、ありふれた病気に普通の治療を当たり前に実践することはできない、そんな頭でっかちでスキルのない医者ばかりになってしまうのではないだろうか?
・・おそらくこれは、皮膚科に限らず、どの科でも生じている問題である。
医療現場にはすでに、その兆候がある。
華々しい新規治療ばかりをもてはやすのは実はとても危険である・・
ということに気づいている人は、そうはいまい。