アトピー治療の未来






続々登場するアトピー性皮膚炎の新薬が、実用段階となっている。

とりわけ、デュピクセント(一般名:デュピルマブ)の存在感が大きい。
2018年4月に販売開始されてちょうど5年、評価の定まってくる頃であるが、有効性/安全性ともに高水準を維持している。
掻痒感も湿疹も消失に至るほどの効果は、まさしく患者のイメージする「治癒」なのであろう。
目立った副作用が、制御可能な結膜炎以外には挙げられていないことも、大きな安心材料となっている。

とはいえ、上手くいかない少数例はやはりあるわけで、中でも薬剤に対する強いアレルギー反応は、もっとも注意すべきものであろう。
だがそれも、元々過敏になりやすい体質の人に、皮下ではあるが注射という急速反応の出やすい経路による投与で、アナフィラキシーが0.1%未満という頻度は、褒(ほ)められていいくらいの数字かもしれない。

他に不都合な反応は?
私は、デュピクセントの薬効そのものに由来するタイプの「アトピーは良くなったけど、別の病気になる」有害事象に注目している。
稀ではあるが、アトピーの免疫反応により増えやすい好酸球が、皮膚ではなく肺で急激に増えて肺炎状態となったり(気管支学: 44, p377-382, 2022)、別の皮膚病である乾癬のような皮疹が現れたり(日皮会誌: 133, p528, 2023)といったケースが、学会で報告されている。

いずれの事象も薬の作用から、なぜ生じたかの理論的説明がつくものだ。
前者の好酸球性肺炎は、デュピクセントにより、IL(インターロイキン)-4/IL-13受容体を介するアレルギー免疫反応経路による好酸球の生産が抑制されるため、その代わりとして、抗原認識なしで働く別経路の自然リンパ球ILC2による好酸球の生産が活性化されたと考えられる。
後者の病気、乾癬ではリンパ球のうちT細胞が、Th1細胞やTh17細胞優位となっており、アトピー性皮膚炎ではTh2細胞が優位になっていることはよく知られているが、両者は常にバランスを取りながら体内で存在しているため、Th2を強力に抑えるデュピクセントは、天秤を逆に傾けてTh1やTh17を優位にし、乾癬に至りうると考えられる。

どこかに働きかければその余波が、思いがけない別の所に及んでいく。
当たり前のことのはずだが、私たちはしばしば物事の良い結果ばかりを見たがり、都合の悪い予想は起きないと思いたがる。
もちろん、悪い結果を恐れるだけでは前に進めないので、勇気を持って一歩踏み出す姿勢は大事かもしれない。
しかしいつでも最悪の事態を想定し、たとえそれが現実となっても即座に対応できるように備えておかなくてはならない、医師という立場にいる私としては、リスクへの留意は習性のようなものである。
だから私には、これら少数の失敗例が、大多数の成功例よりも、気になって仕方がない。

この薬は、人の体の免疫系を改変する。
免疫の自律的な反応に介入し、既存の均衡を打ち壊してしまう力を持つ。
そのことに怖さを感じる私は、過敏なのだろうか?
壊した後の再構築は必ずより良いものになるはず、と楽天的でいていいのだろうか。

デュピクセントは、Th2免疫炎症が進まないように、IL-4やIL-13が細胞表面にある受容体に付くのをさえぎる受容体抗体である。
こうした抗体製剤において、先行している乾癬の先例を見てみよう。
乾癬の場合は2010年に適用が開始となっており、今やL-17系の受容体抗体など10種に及ぶ薬が使用可能になっている。
各社競うように開発が進んだ結果でもあろうが、臨床現場としても、1剤だけでは困る実態がある。
大きな要因が、二次無効という現象だ。

最初は効いていたのに、だんだん有効性が感じられなくなってくる、それが二次無効である。
(当サイトの読者であれば、すぐにステロイド外用剤のことを連想されるだろう。)
1つの薬の注射をくりかえすうちに乾癬が軽快するだけでなく、いざ注射を止めてもその軽快状態が維持されることもある。薬によって新しい体に変えられ、そのまま適応できた幸せな人たちだ。
だが、使っているうちは良いが止めると元に戻ってしまう、という人たちは、定められた間隔で注射を受け続ける。長くそうするうちに、当初のように効かなくなってくる、ことがある。
これは、薬を中和し無効にしてしまう中和抗体が、体の中に生じるからだろうと言われている。
さあそうなったらどうするか?
少しばかり効き方の違う、別の薬に変更となるわけである。

この追いかけっこが、どこまで続けられるのだろう、と私は不安になる。
アトピー薬においても、デュピクセントに続く内服の全身療法薬がすでに3種、使用可能になっている。
2020年および21年からのオルミエント(一般名:バリシチニブ)、リンヴォック(同:ウパダシチニブ)、サイバインコ(同:アブロシチニブ)である。
これらはJAK阻害薬といい、IL-4などが細胞表面の受容体に付いた後、細胞内情報伝達がされる過程で通るJAKという部分をブロックする(後述のコレクチムと同じ)。
デュピクセントが十分効かない、あるいは効かなくなった患者にとって、次なる選択肢となる薬たちだ。
1日量である1錠の薬価が標準容量で約5000円、3割負担なら約1500円。高度技術でコスト高とはいえ、治療に要する薬代の単価が際限なく上がっていくことには、驚きを禁じえない。

さらに注射のアトピー抗体製剤にもとうとう2022年に痒みを伝達するIL-31をブロックするミチーガ(同:ネモリズマブ)が発売され、続くIL-13を標的にしたアドトラーザ(同:トラロキヌマブ)も承認済で控えている。
ひとたび生物学的製剤の製造技術が習得されて以来、破竹の勢いで進む開発。
こうした抗体製剤や阻害薬が次々と作られては試される、そんなくりかえしが、アトピー病像形成に関わる細かい物質をすべて網羅するまで続くのだろう。
これから10年、20年先の未来には、さながら今の乾癬と同じように、これらの薬がとっかえひっかえ、アトピー患者に使われる時代が訪れる。

医師の側にも、デジタルネイティブならぬ、生物学的製剤ネイティブの世代が増えていく。
彼らは何の抵抗感もなく、強い薬を日常の当たり前の薬として使うだろう。
医師国家試験でも、専門医試験でも、大小の学会や教育講演会でもそのすべてで、「これが最新の医療、この病気ならこの薬が使うべき正しい薬です」と教わり続けるのだから、無理もない。

いつだって、もてはやされるのはセンセーショナルな最新情報。
古い方法はたとえ良くても廃(すた)れていく。
長期の地道な生活指導よりも、すぐ効く安直な治療のほうがありがたがられる。
流行りの薬でなければ売れないし、製薬会社が作れなくなれば、医師や患者になすすべはない。
だが、そんな医療は、取りこぼしていくものがありはしないか。

新型コロナをきっかけに、最新技術として現実化が進んだオンライン診療にも、似たような懸念を抱く。
限られた状況でしか機能しないだろうオンライン医療が、限界を度外視され、あたかも万能の未来医療であるかのようなイメージで受け止められている。
日常の診療の中には、診察室に入ってくる患者の方の様子を見たり、臭いを感じたり、触れて確認したりすることではじめてわかることが沢山ある。その体に触れることが叶わないなら、どんな医学的処置も行うことができない。
オンラインが有用なのは「問診と間接的視診だけで診断でき、言葉による説明と内服・外用薬だけで治療が完結する」ときだけだ。
将来オンライン化が進んで、実地診療が減るとしたら、そのとき診断や治療の技術を磨くべき臨床経験の場を失う若い医師たちは、ますます薬に頼るしかなくなってしまう。

使い方の難しい高度な薬が次々登場し、薬ごとに違う用法・容量や、副作用チェックの細かい手順や、高額医療制度の理解にまで時間を取られるようになっていくと、保険医療の限られた診察時間の中で、実質的な診療に充てられる時間がどんどん削られていく。
皮膚を診て触れて、重症度を確かに見定める臨床診察の時間さえ、十分に取れなくなる。
オンラインでも実地の診察でも、患者の方の体そのものを診ることを端折(はしょ)り、機械に依存した検査と薬の処方のみに汲々(きゅうきゅう)とする診療になっていくなら、それは本来の医師像からはずいぶんと遠い。
まるで自分が工場で手順の決められた検品をする係員、目の前にいるのは人ではないかのような気分に、私だったらなると思う。

そして一番心配なのは、最新薬を使いたくない患者は見捨てられるような医療にならないか、ということ。
薬価は下がっていくものだから、「払えない」人は次第に減っていくかもしれないし、
良い薬と大々的に宣伝され、身近にも使っている人がいるようになれば、薬への抵抗感も減るかもしれない。
でもそれでも、「そこまでしたくない」という人たちはいるはずだ。
そんな人たちが、医師から奇異の目で見られるようになるなら、悲しい。
ちょうど「ステロイド外用剤を使いたくない」が、主義ではなく、無知蒙昧(むちもうまい)の恐怖症と見られるように。

医師として皮膚科の世界の中にいれば、より新しい薬を使うべきという有形・無形の圧力をしょっちゅう感じる日々である。
医師も患者も、自分の思想を堅固に持っていなければ、たやすく流されるだろう。
流されることが必ずしも悪い結果を生むわけではないが、私は、流されたくない人間である。

幸い、これら高額の注射薬や内服薬の勧めは、アトピーの軽症者までは及ばない。
軽症から重症まで、第一義的な標準治療はまだまだ、外用による保湿とともに、抗炎症効果のある各種ステロイドやプロトピック(同:タクロリムス)の塗布であり続けている。

変化は、抗炎症外用薬に加わった新規の2品で、2020年にコレクチム(同:デルゴシチニブ)軟膏が、2022年にモイゼルト(同:ジファミラスト)軟膏が加わって、他の薬でうまくいかない際の受け皿になっている。
コレクチム軟膏は前述した内服と同様のJAK阻害薬であるし、モイゼルト軟膏は乾癬の内服薬にもなっているPDE4阻害薬で、免疫炎症を抑制するIL-10を増やすなどサイトカインを制御する。
プロトピックのときと同じように、外用剤であるから、試すことも撤退も比較的気軽に可能。
選択肢が増えた分、いろいろな状況に合わせられるようになったという利点が、現時点では目立っているようである。

ステロイドによる皮膚萎縮のように、長期外用で問題があるかどうかがわかってくるのは、たぶん大分後になるに違いない。
その時でも、かつてのステロイドのように代わる物のない状態ではないので、棲み分けか、場合によっては淘汰(とうた)かが進み、各々の抗炎症外用剤の適用の位置付けが、だんだんと固まっていくのだろう。

新薬がなかった昔にはもう戻れないし、戻らなくてもいい。
ただ、流されずにいよう。
薬は、本当に自分のためになると信じられるものを、使いたいものだ。

2023.5.  




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