すくすくいかない子育て

ー保湿狂時代2ー



NHK教育テレビの育児番組「すくすく子育て」の、2011年5月14日(土)放送分のテーマは、「肌のトラブル」だった。
ご覧になっていない方も多いと思うので、以下にその内容の概略を書いた上で、コメントしてみたい。

    ◆    ◆    ◆

 アトピー、湿疹、トラブルの多い子供の肌。
 今日はお肌のさまざまな疑問を、すっきり解決しちゃいましょう。

(番組は、ネットで寄せられた質問を基に、
 数組の親子(父母と子)が出演して質問を追加し、
 それら1つずつに、2人の医師が丁寧に答えていくという構成)

 小児科医 子供の肌は?ー「未完成のバリア」
 皮膚科医 スキンケアは、スキンシップのチャンスと考えて

 ・アトピーの見分け方は?
  家庭でも症状で見分けられるのか知りたい

 湿疹の一種
 頬、顎、関節の内側 こすれやすい、汗や汚れのたまり易い所に
 皮膚全体が乾燥し、痒い
 良くなったり悪くなったり
 特徴的な場所に左右対称
 湿疹。アトピーであるかどうかを気にしなくていい、怖がらなくていい

 ・遺伝するか?
 親がそうなら、なる確率は高い、遺伝と環境の相互作用
 乳児湿疹かアトピーかを区別する必要はない
 でもスキンケアはきちんとして下さいね

 ・市販のかゆみ止めは?
 しみて刺激になり、よけい痒くなる
 代わりに掻いたげるのも、叩くのもだめ よけい痒くなる  冷やすのが即効

 ・小さい子にステロイドを使っていいのか
 ステロイドは、炎症(火)を抑える消す(水)
 きれいになったばっかりだと、火がくすぶっていてまた出る
 きれいになったあとも、しばらくモニタリングすることが大事

 ・保湿剤の適量は?
  目安を知りたい。
 フィンガーティップユニットで大人の手のひら2枚分 多めでもいい
 白く残らないが、てかるくらい
 ローションは、1円玉大で、手のひら2枚分

 不足しがちな水分・油分を補い、バリア機能を正常化する
 乳児から幼児の間は、皮膚はかさかさしていて薄く、皮脂の量が少ない
 (皮脂量の年齢ごとの変化を示したグラフで説明)

 保湿剤さえ塗ればいいというものでなく、清潔も大事

  ー出演者のうちの1組の親子が実験ー
 「ちょっとしたスキンケアで驚きの効果が!」

  <おすすめスキンケアの内容>
 清潔に、こすりすぎない
 シャワーの回数を増やす
 石けんは1日1回(入浴時)に 泡でやさしく、くびれも念入りに
 タオルで拭くときもこすらない 保湿剤は1日1−2回

 汚れや細菌をシャワーで洗い流す 清潔
 皮脂を流さないために、こすらない ぬるめの湯で

 子供たちには毎日保湿クリームを塗っているが、時々赤い湿疹ができる

 <肌の水分量(モイスチャーチェッカーを腕に当てて計測)>
   母 39.5%
 1才妹 35.5% →番組おすすめのスキンケア5日間→ 43.0%
 4才兄 34.5% →     同上5日間     → 40.6%
 司会者成人男性 32%

  ー実験終わりー

 ・かぶれた所にも保湿剤ぬっていい?
 赤く炎症になってる所には、保湿剤でなく薬を

 ・乾燥した所だけ保湿剤を塗ってる、全身に塗るべき?
 痒くない、肌のトラブルなければ、乾燥してる所だけ
 今度は違う所を掻き出す、となるなら、全身に

  いっぱい使うとすぐなくなっちゃうんですけど
 それはあると思います 肌トラブルなければ乾燥する所だけでいい

 司会者(その子の肌を触りながら)すべすべさらさらですよ
  いえ、乾燥してるんです〜

 ・汗ばんでいても保湿は必要?
 汗の悪化成分(脂・塩分・蛋白質)をシャワー浴で流してから

 ・日焼け止めは必要?
  肌が白い子 毎日した方がいいのか遠くにいく時だけか

 日焼け止めは、保湿剤のように肌にいいものではない
 1才未満、肌の弱い子にはいいものではない
 それでも、1才過ぎて外出が多くなれば、
 紫外線予防のために塗ることになる
 塗るときは、トラブルのない健康な肌に塗る
 SPF高い程かぶれやすいので気をつけて

 ・虫除けスプレーはどう?
 かぶれる、刺激になる
 いっぱい虫がいそうな所は長袖で
 一部につけてかぶれないか見てから使う
  長袖ではあせもになりそう
 いえ、服が汗を吸収してくれるからかえっていい

 日焼け止めも虫除けスプレーも、使う場合は最小限に

 ・肌を内面から強くする方法があれば、教えてほしい
 肌は鍛えるものではなく、守ってあげるもの
 乾布摩擦で血行は良くなっても、肌を刺激をして傷める

  子供の肌はデリケート
  清潔と保湿でバリア機能を守ろう

    ◆    ◆    ◆


医師の方2名は、終始笑顔でわかりやすく説明しておられ、子供たちの親の方々も、テレビに出て専門家に直接疑問に答えてもらえ、満足そうだった。
男女の司会者も優しい語り口で、番組は終始笑顔一杯で和やかに進んだ。

短時間でポイントを押さえた説明をしていくのは、簡単ではない。
よく工夫して作った、できのいい教育番組と言えるのだろう。

なのに・・・。
不遜ながら私には、ためになるものとはどうしても思えなかった。
見進めるほどに心の中に膨らんでいく違和感で、気持ちが悪くなっていくのを、どうすることもできなかった。


もともとこういう教育番組は、予定調和の出来レース。
それは、しかたのないことではある。
その場で対応している形に見えても、実際はあらかじめ予定された構成にそって進んでいるだけで、質問も答えも、おそらくはジョークでさえ、台本通りの進行なのだろう。

そして医師の答えに患者側が納得して終わることも、既定事項だ。
もしも納得せず反論を続ける親がいれば、白い目で見られて出演を取り消され、司会が異を唱えでもすれば、「撮り直しだ」と怒られて終わるだけ。
医師の説明が真実かどうかを疑うことは、ここでは許されない。

そんな親たちは、主人公のようにもてなされながらも、その実、医師の主張を広報するためのさくらを演じさせられる結果になっているようにも見える。


気の毒な彼らの質問と、医師の答えは、よくよく聞いていると随所で噛み合っていない。
私の感じた違和感の原因は、それだった。
多くの回答が、質問者たちを助けるのでなく、ただ消化不良に陥れているだけ、のように感じられてならなかったのである。

    ◆    ◆    ◆

たとえば、
*「アトピーの見分け方を知りたい」という質問に、 「乳児湿疹かアトピーかを区別する必要はない」という答え。

医師のように病気を診断してみたくて聞いている親など、いやしない。
「うちの子はアトピーじゃないか、そのために巷でよく言われているように、だんだん悪くなったり、大人になっても苦しみ続けたりするのではないか」が心配だから、聞いているのだ。
それで、この答えで納得できる親がいるだろうか?。

「なんで必要ないのよ、区別してよ、うちの子はアトピーじゃないと言ってよ」と心の中で叫んでいることだろう。

もし私が聞かれた医師なら、「残念ですが、この時点ではまだ、長く続くアトピーかどうかの最終判断はできないんです。経過を見ていくしかないんです」と率直に答える。
医師のできることにも限界があるのだから。

限界があるという事実は、それに触れないようにしても、変わらない。
触れたくないことを避けるために、心配で張り裂けそうな親の心情を理解できていない返答になってしまっては、元も子もないのではないだろうか。

*「夏の汗ばむときも保湿は必要?」という質問に対し、
答えは「保湿前のシャワーが重要」の話ばかり。
夏でも保湿が必要かどうか、なぜ必要なのかというコメントはなし。
これでは答えになっていない。

たくさん汗もかき、すでに充分しっとりして見える肌に、これ以上うるおいを足す必要があるのか?。
質問者の素朴な疑問は、まったくもって妥当なものだ。

肌がうるおっていれば保湿は必要ないし、過剰な保湿は有害無益、と私なら考える。
汗の管や毛穴を詰まらせて、体温調節や老廃物の排出を障害したり、あせもやにきびを起こしたりする。
べたべたした表面に汚れや菌が付きやすくなるし、何より不快だ。
しかし、この医師たちの考えは、どうやらそうではないようである。

*「保湿剤を、(皮膚が)乾燥している所だけに塗ってるが、全身に塗るべきなのか?」という質問への回答は。
「痒くなく、肌のトラブルなければ、乾燥してる所だけでいい」まではふんふんとうなずいて聞けるが、その続きの部分「今度は違う所を掻き出すとなるなら、全身に」は、話の飛躍についていけない。

乾燥して痒がる所だけに塗り、他の所も痒がるならそこも見てあげて、乾燥しているようなら塗る場所に追加すればいいのではないか?。
そういう疑問に、親は答えてほしいのではないか?。

ここで、「いっぱい(全身に)使うとすぐなくなっちゃうんですけど」と食い下がり、「肌のトラブルがなければそこだけでいい」という確認の追加返答を引き出したお母さんは、私には痛快であった。

医師は指示するだけで済むが、実際にそれを行う母親はそのあまりの大事(おおごと)さに、「ほんとうにそこまでする必要があるの?」という疑いを肌で感じているのだ。
その感覚の方が正しいと私は思う。

*「日焼け止めを、毎日した方がいいのか海などに行く時だけか」という質問。
答えは当然、「毎日しましょう」か「そこまでは要らない」のどちらかのはずだが、驚いたことに、医師の返答にはそのどちらもなく、周辺情報ばかりで終わった。

返答は、まず日焼け止めは「肌にいいものでない」と強調、そのあと「でも1才過ぎて外出多くなれば」「塗ることになる」と続ける。

曖昧(あいまい)な上に、相反している情報。
1才以上なら、外出時はいつもつけろということ?
でもいいものでないってことは、あまりつけない方がいいということだろうし?・・・と、聞く方は混乱するばかりだろう。

「いいものでない」と言うなら、自らの責任で「毎日はやりすぎですよ」と明確に答えてほしい。
日々子供と接している親が求めているのは、今日は塗るべきなのか、明日はどうかという、具体的な情報なのに、解答はそれを語らない。
判断する責任は、親に投げ返されてしまっている。

そんな問答の後、まとめで突然「最小限に」という言葉が出てくる。
だから、最小限ってどの程度なのかを、教えてよ!と言いたくなる。

私なら、「部活など屋外スポーツをするならその時は5月から10月は毎日でも、あとは日常生活ではつけずに、帽子や日陰や外出回避で対処しましょう」と答えたい。

ここでの解答にはもう1つ、おおいに疑問を感じた発言があった。
それは、「日焼け止めは健康な肌につけて」。
私の頭はふたたび、?(はてなマーク)で一杯になった。

ここで言う「健康」な肌とは、何か?。
なぜって、この番組が勧めている「毎日全身2回以上洗って保湿ケア」が必要なほどの肌が、「健康」な肌であるはずがないからだ。

指導にそって、論理的に思考を進めれば、
ー保湿が要るような不健康な肌には日焼け止めは塗れないし、日焼け止めを塗れるような健康な肌には保湿は要らないー
という結論が導き出され、なんと教わった通りにしようとすれば、教わった通りにはできない、という奇妙な結果になる。

これを矛盾と感じないで、とうとうと語り続ける医師の姿は、私にはまったく理解不能であった。
質問者の親の方や視聴者の方は、この内容に「なるほど」と思えたのだろうか?。

*「肌を内面から強くする方法は?」という質問。
実にいい質問である。
子供の肌の本来の能力を伸ばしてあげたいと思うのは、親としてきわめて真っ当(まっとう)な発想であり、お手本にしたいくらいだ。

皮膚は、外からつける保湿剤で作られるわけではない。
食事で摂る栄養を材料に、体の中の働きで作られるものである。
「バランスのとれた食事でビタミンミネラルなどを含めてしっかり栄養を摂ること、体を動かして代謝を活発にすること、早寝早起きの規則的な生活で体の働きを整えること」と、私なら答えるだろう。

肌を内面から強くする方法は、ちゃんとあると思う。
しかし、番組の医師の答えは、「肌は鍛えるものではなく、守ってあげるもの」だそうである。

それならそうと、「いえ、内面から強くする方法はないんですよ」とはっきり言明すればいい。
質問に正面から向き合うことを、避けているように見える。

だれも「肌を外からこすって鍛えたい」などと質問してはいないのに、乾布摩擦を引き合いに出して、こすれば皮膚を傷つける、と説く。
言外に、肌を丈夫にしようなどと考えるな、子供の肌は弱いんだから、私たちが言うように大事大事にして守っていればいいんだ、という圧力を感じる。

今時、寒空に子供を裸にして肌をこすろうという強面(こわもて)な親など、探しても見つからないくらい稀だろう。
なのに、ここで乾布摩擦が出てくるのは、唐突で的外れの感が否めない。

だが考えてみると、これは巧妙な話法のトリックと解釈できる。
乾布摩擦は、スケープゴート(身代わりのヤギ)なのだ。
それを悪者にする共通認識を持つことで、質問者と回答者の間に、合意と納得に達したという感覚を生み、親が持っていた疑問が解決したという、かりそめの満足感を抱かせる。

ほんとうは疑問にきちんと答えてもらってはいず、違う話をされているだけなのに。

    ◆    ◆    ◆

さあこのように、私が感じた、番組内の会話の違和感、患者の質問と医師の回答とのずれを、あげつらってみた。
その奇妙さを、感じてもらうことができただろうか?。

回答の多くに、聞いた側にとっては肩すかしの部分がある。
これは、質問への回答としては、非常におかしなことである。
聡明である医師たちが、どうしてこんなふうにずれた回答しかできないのだろう?。

それはきっと、医師たちの目的が、ほんとうは患者の疑問を晴らしてあげることではないからだ。
彼らの目的は、質問への答を通じて、患者たちに正しい知識を啓蒙していくことにある。

解答は全て、彼らが思う「正解」への誘導に他ならない。
親しみやすく優しい満面の笑顔もそこでは、安心して誘導についてきてもらうための手段と化す。
かくして私は、気持ちが悪くてたまらなくなる。


    ◆    ◆    ◆


さて、この気持ち悪さの最たるものが、おすすめスキンケアを実行する一幕だったのだが、その話に行こう。

番組冒頭から、「ちょっとしたスキンケアで驚きの効果が!」
という宣伝口上で、興味をそそらせる。

その内容は、
1日2回以上の全身シャワー、1日1回石けんで親の手でやさしく折れ目までくまなく洗う、こすらずタオルで拭く、保湿剤を1日1−2回塗る。
というもの。

さあ、いったいこれのどこが「ちょっとした」スキンケアだというのだろうか??。

ちょっとした、とは、簡単にできることを言う。
もちろんこのスキンケアは、そうではない。
私は、腹が立って、胸が悪くなりそうだった。

子供を洗って着せ替え軟膏塗りで、1回20-30分は掛かるだろう。
跳び回る子供を捕まえ、飛び散る水をかわし、泣いても嫌がっても言い聞かせて、全身の肌をくまなくチェックし、撫で付けなくてはならない。
その度に他の仕事を中断して、家事も他の子の面倒も後回し。
時間がなくて片付けられない用事が、どんどんたまる。
洗濯の回数は増えるし、着替えも買い足しに行かねばならない。
何度も出る湯気で、家中が湿っぽくなってきた。
かびないようにしなきゃ大変、換気もしなきゃ、水滴も拭き取らなきゃ・・。

もしも、365日こんなことを続けていたら、それだけで母親は疲弊(ひへい)してしまう。
3人4人もの子がいる親が、どの子にもこんなスキンケアをしたら、冗談ではなく、倒れてしまうか家庭崩壊にすらなりかねない。

私は言いたい。
それだけの時間があったら、母親が子供の食事をしっかり用意したり、子供の遊びや学びに付き合ったり、家の中を掃除したり、に時間をかける方が、よっぽど子供は「すくすく」と育つだろう。


さて、それでもこのスキンケアが、他を犠牲にしてする価値のあるものかどうかは、実は番組を注意深く見ていればわかってしまう。
情けないことに、このスキンケアをすすめる説明の内容がなんと、すでに論理破綻しているのである。
順を追って見てみよう。

保湿が必要な根拠として、医師は、乳幼児の皮脂量が少ないというグラフを見せていた。
なるほどそのグラフの、地を這うような降下具合を見れば、「補ってあげないと大変」という気にもなる。

(余談だが、
 恥ずかしながら、私はこのようなグラフを見たのは初めてである。
 皮膚科の教科書はもちろん、専門雑誌や学会報告でも、見たことがない。
 たぶん私が不勉強で、技術の発達で得られた最新データなのだろう。
 だが、こんなわかりやすい実測値の調査結果があるのなら、
 ぜひ皮膚科の学会で大々的に報告・広報して、
 情報を共有してもらいたいものだと思う。)

けれど、注意してほしい。
これはアトピー児が健常児に比べてどうだというようなデータではない。
一般の乳幼児と一般の成人について調べたものであろう。

つまりこの少なさは、乳幼児にとっては「正常」な状態なのだ。
成長発達の途上にあるのだから、まだ完成されていない不充分な部分があるのは当たり前であって、それは異常ではない。
いみじくも、「未完成のバリア」であると番組内の医師も言っている。

身長が伸びるのと同じように、大人になる頃には、自然と皮脂の分泌は多くなる。
そういうものだ。
幼児の肌に保湿剤など塗らず、そのまま放置しても、ちゃんと健康な肌の大人に成長していくことは、2000有余年の人類の歴史が証明している。
乳幼児の皮脂量が少ないからといって、外から補う必要はないのである。

番組で実験を実行する母親は、モイスチャーチェッカーでまず自分の肌の水分量を測定したあと、子供の肌を同様に測り、
「ママより少ない〜!」と大仰(おおぎょう)に驚く。

実に不思議だ。
だってそれで正常なのだ。医師がグラフでそう説明したでしょう。
乳幼児の皮脂量は大人より少ないって。

その親子の肌はいたって正常だということが分かっただけなのに、番組では、これは大変とばかりにおすすめのスキンケアに進む。
そして5日間厳密にきれいに洗っては塗りまくった後に、撮影現場に登場して肌の水分量を再測定。みごと、若くて皮脂分泌良好な母親をも上回った、高い測定値を披露する。

「こんなに効果が出た」というのが売りなのだが、その効果を出すことが必要だという根拠がどこにもない。
親が望んでいるのは、もちろん測定結果の数字を増やすことではなく、自分の子の肌が病気にならないことなのだから、この高値が病気の予防に役立つのでなければ、意味がない。

ここで、司会の男性の駄目押しの発言が出る。
「私なんか、32%でしたよ〜!」
彼は、すごい効果ですねということを強調して、場をさらに盛り上げているのだが、それを聞いた私は、唖然(あぜん)とする他なかった。

司会の彼はもちろんアトピーでもなんでもない、健常人という設定だ。
ならば、なんのことはない。
大人で、肌の水分量が32%しかなくても、スキントラブルなく健康に暮らせると、彼は宣言していることになる。

というわけで、なるほど「おすすめスキンケア」が、当座の肌の水分量を増やしてくれるということは、番組内の実験が見せてくれた。
しかし皮肉なことに、肌の水分量を増やすことと、スキントラブルの防止は別問題だと、番組の展開が公言してもいるのである。

おすすめ作戦そのものが、「する意味がないよ」と告げている。
論理的に破綻しているという他はない。

正常な値をいじって、異常に良い値にし、
実際にアトピー予防に役立つかどうかもわからないスキンケア。
それが、このおすすめスキンケアの正体である。

    ◆    ◆    ◆


この「すくすく子育て」という子育て教育番組においては、2009年9月に「どうつきあう、アトピー」が放送された際も、患者の方たちから「嘆かわしい」という感想を聞いた。
当サイトの掲示板にも、それに関する書き込みがあった。
(掲示板データNo:449-458 2009年09月09日-20日)

「しょっ中洗い、保湿をたっぷり使い、炎症にはしっかりステロイド。
 これで、アトピーにもスキントラブルにも悩むことはない。」
そんな、医師の描く「絵に描いた餅」は、必ずしも上手く作用しない。
そのことにとっくに気付いている患者たちがいる。

以下に書き込みの1つを、引用させて頂く。


「すくすく」は息子が赤ちゃんのころも同じようなアトピーのテーマを放送していました。
・・・
息子がアトピーだったので、番組を食い入るように見て、その通りに家でケアしていました。
(もちろん、かかりつけの皮膚科に通いながらです)

その結果、一番強いステロイドもきかなくなり、今では地獄のような脱ステを息子に経験させてしまっています。ーNo:454からー

彼らがこの番組を見たら、どんな気持ちになるかと、私は想像するだけで胸が締め付けられる。
どれほどやるせないことだろうか。

次々と新しい赤ちゃんが生まれ、新しい親が誕生する。
そんな初心者の親たちが、無垢なままに番組を見て、一途にその内容を信じて実行するかと考えると、そら恐ろしい。

医師の発言は、患者を振り回すに充分な力を持っている。
だからこそ、医師がこんな筋の通らない話を患者にしていて、いいのだろうか、という忸怩(じくじ)たる思いを、私は抱かずにいられない。


きれいに洗って保湿剤でくるめば、直後の肌がすべすべきれいになるのは、当たり前のこと。
けれどそれは、人工的な介入である。

有史以来世界中で、小さい子供の体にこれほど何かを塗りたくり続けているのは、ここ数年の日本でだけのことである。
その子たちが成長した後どんな肌の持ち主になるか、まだ誰も経験していない。

その介入が将来にわたっても吉と出るかどうかは、実はすすめている医師たちも、知りはしないのだ。
そのことにどうして、こうも畏(おそ)れを持たずにいられるのだろう?。

医師たちは、あたかも確立された正しい方法のように言うが、そうではない。
これは、将来の子供の皮膚の成長にどういう影響を及ぼしていくかわからないが、まずは試してみている、という段階の治療なのである。
子供たちの体で、実験をしているのだ。


ひとつ、怖い話をさせてもらいたい。
特発性無汗症という、皮膚の病気がある。
現在のところ原因不明。なぜだか、汗が上手く出なくなってしまう病気である。

患者は、汗といっしょに体内の熱を外に放出することができないから、暑い季節や運動時には、熱がこもって体温が上昇し、生命の危険さえある状態になりうる。

そんな辛く危険な病気なのに、皮膚の外見が正常なので、病院でも見過ごされることもある。
つい最近も、大学病院まで行ったのに、診断をつけてもらえなかったケースを見た。

治療はといえば、ステロイドを内服や注射でかなりの量を全身投与するぐらいしかない。
それでも効かなかったり、再発を繰り返したりすることもある。

過剰な保湿の話を見るにつけ、私はこの病気のことを思い出す。

汗腺が未発達の幼小児の肌を、いつもたっぷりの保湿剤で覆う。
汗の出口はふさがれ、うるおいたっぷりの肌からは、「汗をもっと出して」という信号が送られることもない。

そんな状態で育った子の汗腺は、正常に成長発達することができるだろうか?。
ひょっとしたら、この無汗症のようなとんでもない病気になってしまったりするかもしれないのではないだろうか?。

おそらく私の杞憂にすぎないだろうと思う、そうであればいいと願っているこんな思いつきを、私は敢えてここに書く。

いくら安全性の高い保湿剤であっても、使い過ぎが思わぬ副作用を招く可能性は、否定できない。


そしてもうひとつ、これは現実となっている怖い話を伝えたい。

最近皮膚科の外来で、わずか2〜4才くらいで、全身の大半の皮膚に、ステロイドを長期連用したための副作用である、毛細血管拡張や皮膚萎縮を起こしてきている子たちを見るのだ。

今からこんな肌になっていて、この子の一生はいったいどうなるのだろう?
私は、暗澹(あんたん)たる気持ちになる。

みな、医師に出された薬を「しっかり」塗っている真面目な親の子。
子が痒がり続けるからと、親は必死になって塗り続け、それでも成果があがらないと悩み困り果てている。

これは医原病ではないのか?。
塗り過ぎるリスクへの充分な説明をせず、塗ることを煽(あお)り続ければ、こういう悲惨な患者も出てくるのは、自明の理である。

保湿剤にせよ、ステロイドにせよ、大量に薬を出したなら、医師はそれが適正に使われていることを、見届けなければいけない。

「炎症の部位にはステロイドを」と言うなら、しろうとである親が、炎症の部位とはどこかをきちんと判別できるように、指導をしなくてはならない。

私はいつも、(どの皮膚病でも)ステロイド外用剤を処方する時には、「赤くて盛り上がっている所に、はみださないようにつけて」「平らになって赤みがなくなったら、止めて下さい」と説明している。

それでも、次の来院時にお話を伺うと、「痒い所はどこでも塗ってました」と言う患者さんは沢山おられる。

幸か不幸かステロイドは、痒みを止める効果も強力なので、塗れば痒みが止まるなら、「よく効く痒み止め」と思って塗り続けてしまうのも、無理はない。

医師側がよほど注意していなければ、こういう使い方を防ぐことはできるものではない。

私は皮膚科医だから、ステロイドの副作用*が皮膚に現れているかどうかを一目見てわかるが、一般の人は(そしておそらくは小児科医も)気付くことは難しい。

(*ここでいう副作用とは、依存性・酸化コレステロールの蓄積・リバウンドの誘発・プロテアーゼを介したバリア機能の障害などではない。
「局所の副作用」として、古くから皮膚科の教科書にも書いてあり、どの皮膚科医もあると認めている、皮膚の毛細血管拡張(細かい血管のすじが浮いて見える)」や萎縮(いしゅく;薄くぺなぺなになる)などのことである。)

副作用で毛細血管が広がっているのに、「赤いからまだ炎症が治ってない」と思い込んで、ステロイドを塗り続けてしまうかもしれない。

ステロイドの塗り薬とは、それほど扱いの難しい薬なのである。

効果ばかりを宣伝するのは、大変危険だと思うのだが、「効果で病気をねじふせよう」とばかりしている現在の医学界の風潮は、当分止みそうもない。


    ◆    ◆    ◆


医師たる者、つねに病気の治療と予防の両面を考えるべき、と私は思っている。
ある治療の利だけに目が向いて、害に盲目であってはならない。

指導的立場の医師が利のみを語るなら、害の可能性に言及する者がいなければならないだろう。
私は、その役割を担いたい。


素人(しろうと)である患者は、専門家の言葉には圧され勝ちだ。

納得できなくても、どこがどうピンと来ないかを上手く説明することができないかもしれない。
たとえ思うことがあっても、相手はすでにそんなことは全て考えた上で言っているのかもしれないと思って、言い出せないかもしれない。

気後れは当然だ。

この文章が、そんな患者の方たちの、心の行き詰まりをほどく一助になれば、幸いである。

2011.6.  

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